36話 覚醒と失神(5/7)

文字数 1,736文字

「はあ!? じーさんが死んだ!?」

ガバッと立ち上がったクザンの声には怒りが混じっている。
後ろでゴトン、と椅子代わりの丸太の倒れた音がした。

「そんでも、下に来りゃすぐ分かんだろ……はぁ!? そのまま凍結してんのか!?」

カロッサへと向かうクザンの怒りと驚きの声に、座ったままのカロッサがじりっと押される。

「っとに、お前は……」
そこから先の言葉をなんとか飲み込んで、クザンが片手で目元を覆うようにして、深くため息をついた。
クザンは、カロッサがどれだけヨロリを大事にしていたのかを知っている。こんな事をして、一番辛いのはカロッサのはずだ。

「……お前らは、いっつもそうやって隠してばっかだな」
言葉とは裏腹に、クザンが片手でカロッサの肩を包むようにそっと撫でた。

ちょっと驚いた顔をしたカロッサの顔が赤いのは、お酒のせいだろうか。
「私達は、不確定な事が言えないだけよ」
照れ隠しにか、強い口調で放たれた言葉に
「へーへー。よく分かってるよ」
とクザンが言葉よりずっと優しい声で答えた。

私達、というのはヨロリとカロッサを指すのだろうなと思いながら、久居は挨拶をして先に席を立たせてもらう。
ごしごしと乱暴に目を擦るリルを窘めつつ、調理場に汲んでおいた桶の水で寝支度をさせると、小屋に闇を入れないよう、小屋の外にかけておいた蚊帳の中にリルを寝かせる。

その間も、二人の会話は続いていた。

クザンはカロッサの隣の椅子に座って、並んで飲んでいた。と言ってもクザンの手にあるのは酒ではなく久居の用意した香りの良いお茶だったが。
クザンは外では決して飲まない。久居はまだクザンが酒を飲むところを見た事はなかった。

「俺も若い頃は、じーさんのわけわからん指令にずいぶん振り回されたが、結局今はこいつらがやらされてんだな」

「誰でもいいわけじゃないわよ? クザンの時も、あんたじゃなきゃ出来ない事だったでしょ?」

「そうかぁ? ガキでもやれそうな、タダのお使いもけっこーあったぜ?」


クザンが昔を思い浮かべるように遠くを見る。

もう二十年以上も前か。
あの夜、ヨロリはテラスから家の前の湖を眺めていた、元から小柄な老人の、その背中がやけに小さく見えて、クザンは声をかけた。
「じーさん、何見てんだ?」
「この星が崩れてゆく姿を、見ておったよ」
ヨロリの目は、もさもさに伸びた眉に隠れてよく見えなかったが、その声が酷く悲しそうに聞こえた事をクザンはまだ覚えている。
「なんでまたそんなもん……」
「儂とて、こんなもの好き好んで見たりせんよ。
 この星が……自身を守るため、儂に見せとるんじゃろうて。
 助けて欲しいと言うなら、助けてやらんとな。
 儂らは、此処にお世話になっとる身じゃからのぅ」
そう言って、ヨロリはポンと、クザンの腕を叩いた。おそらく、身長差がなければ肩を叩きたかったところなのだろう。
「って俺かよ! またどっか行けってか?」
察しの良いクザンに、ヨロリはうんうんと頷きながら
「他に暇そうな奴なぞおらんて」
と答える。
「じーさんがなんとかすりゃーいいだろ」
クザンがぼやくも、
「ただ飯食いの居候が。ちっとは働け」
「うぐっ」
ヨロリに悪戯っぽく言われて、クザンは大袈裟に胸を押さえて見せた。

当時、クザンは獄界を追放された小鬼に付き合って獄界を飛び出したまま、中間界で小鬼と共にヨロリの家に厄介になっていた。

そんなわけで、クザンも内心は自分にできる事なら何でもしよう。と思ってはいたものの、当時のクザンは、まだ今ほど素直ではなかったし、親と大喧嘩したイライラも尾を引き、あまり態度は良くなかった。

そんなクザンをからかいながらも、居場所を提供し、時に窘め、見守ってくれたヨロリに、あの頃のクザンはとても救われていた。


そのヨロリが、もう亡くなったという。
クザンが何も知らないうちに、既に、亡くなってしまったと。
まだ、返せなかった恩が山ほど残っていたのに。

当時伝えられなかった感謝の言葉は、獄界で必ず伝えよう。と心に決めるが、それでも、何もできないままの別れが悔しくてたまらなかった。

きっとリリーは、誰に聞かずとも分かっていたんだろう。
彼女には未来が見える。……見たいかどうかは別として。

俺だけが、いつだって馬鹿みたいに、何も知らないで過ごしてる。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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