10話 奪われた腕輪(後編)

文字数 2,552文字

「さ、今日はひとまずゆっくり休んで。こちらはまだ午前中だけど、あなた達の来た国ではもう夜中の時間よ」
お茶を空にしたリルに、カロッサは休息を勧める。
「くーちゃんの上では寝られなかったでしょ?」
「ボク寝てたよー」
リルは確かに、空竜の上でも熟睡していた。
その間、眠るリルを久居ずっと支えていた。
「明日は早速、朝から出発してもらうわよ。時差ボケ治しておいてね」
「時差ボケって何ー?」
カロッサが、リルのあまりの何も知らなさに若干引きつつもそれを説明する。

久居は考えていた。
理由は告げられないと言われた。
告げられないような理由で、自分たちは動くことになる。
けれど、それが唯一、菰野を救うため自分に出来ることならば、久居は物言わぬ駒にも喜んでなろうと覚悟をしていた。

それに、カロッサとその師は、あのクザンとリリーが信頼を寄せる人であるらしい。そう酷い事はさせられないだろう。
久居の脳裏に、クザンが懐かしそうに目を細めていた様が浮かぶ。
『じーさん、元気にしてんのかなぁ……』
亡くなられたというその老人を、彼は大切に思っていたようだった。
「あの……ヨロリ様はお手紙をくださってすぐに……?」
久居の質問に、カロッサはほんの少しだけ寂しそうな顔で答えた。
「ええ、くーちゃんがあなた達のところへ行った時には、もう亡くなっていたわ。……あの手紙は、その前に書いておいた物だったの」
申し訳なさそうに、どこか痛みを堪えるように、カロッサは微笑んだ。
「リリー達には知らせていなくてごめんなさいね。御師匠様(せんせい)に口止めされていたものだから……」
久居は、この話は尋ねても良いようだと判断し、続ける。
「リリー様も、ヨロリ様の事を師と仰っていましたが、お二人は……」
カロッサが、紫の瞳に懐かしさを浮かべながら答える。
「リリーはここで、結界の張り方なんかを勉強してたのよ。……そこへ、クザンが転がり込んで来てね」
カロッサはクスッと笑うと、柔らかな曲線のツリ目が悪戯っぽい表情を作る。
「いい歳した男が、父親と喧嘩して家出だなんて言うのよ? 笑っちゃうでしょ」

あの頃、カロッサとリリーが毎日修行を積んでいたこの家に、クザンは前触れもなく転がり込んできた。
カロッサはもう戻らない日々に想いを馳せる。

雑な性格のクザンは、精密なコントロールを必要とする修行の最中でも、勢いよく戸を開けて皆を驚かせていたっけ。
あの時もそうだった。
あれはいつ頃だったのか、クザンが花を一輪くれたことがあった。
湖畔にたくさん咲いていた花だったが、親も兄弟もなく、ヨロリに拾われて以降ずっとこの家で修行を続けていたカロッサには、それが生まれて初めて、異性からもらったプレゼントだった。
カロッサはその時の気持ちを、いまだ忘れられずに抱えている。

初めて、人として、認められたような思いだった。

まあ、当のクザンからすれば、オマケのようなものだったわけだが。
カロッサが、真っ赤になってしまった顔を何とか落ち着かせて振り返れば、クザンはヨロリに二本。リリーには抱え切れないほどの花を捧げていた。

クザンは、家出してきただけあって、短気で子供っぽいところがあったが、明るいお日様のような笑顔の彼に、老人と少女だけで静かに暮らしていたあの家は、良くも悪くも華やいだ。

「修練の邪魔はするわ、タダ飯は食べまくるわ、クザンには振り回されてばっかりだったけど」
カロッサはゆっくりと目を閉じて、続けた。
「あの頃が一番楽しかったわ……」

久居は、カロッサの横顔に、うっかり彼女の気持ちまで透けて見えてしまったようで、どこか後ろめたく思う。

ゴン!
と大きな音に隣をみれば、いつの間にか船を漕いでいたらしいリルが机に頭突きをしていた。
「リル!?」
「キュィィ」と、そんなリルに抱かれたままの空竜が、脱出できずにジタバタもがいている。
「すみません、お話の途中で……」
久居が、リルの腕から空竜を解放する。
「いいえ。疲れが出ちゃったかしら」
カロッサはクスッと笑うと、廊下の階段を指して言う。
「二階の突きあたりの部屋を使ってちょうだい」
「ありがとうございます」
久居は慣れた様子でリルを横抱きに抱き上げると、頭を下げた。
「あなたもしっかり休んでね」
「はい、お先に失礼致します」
申し訳なさそうに去る、黒髪の青年の後ろ姿を眺めながら、カロッサは思わずにはいられなかった。
(あれが、クザンとリリーの息子ねぇ……)
御師匠様は、二人に任せれば安心だと仰ったけれど。
頼みのリル君はあんな調子だし、もう一人は、しっかりはしてるけど、普通の人間だし……。
カロッサは思わず小さくため息を吐いた。
(本当に……、大丈夫かしら……)

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カロッサ達の家から遠く離れた、大きな街の一角に、大きな屋敷があった。
いくつもの部屋がある屋敷の、奥まった部屋に、それは置かれていた。
薄暗い部屋の中、ランプの光を浴びて煌めきを返すその腕輪は、先ほどリル達が見た紙に描かれていた腕輪、そのものだった。

「へぇ……、これが四環ねぇ……」
一人の青年が、その腕輪を手に取る。
明るい金の髪に青い目をした青年は、顔の前へ腕輪を持ち上げ、まじまじと眺めた。
「ただの腕輪に見えるけどなぁ」
腕輪は、二つのパーツを極小の蝶番のようなもので繋いで一つにしているらしく、青年が触ると、腕輪はパキンと軽い音を立てて開いた。

青年は、そっと辺りを窺う。
人の気配はない。
青年は、期待の裏に不安を抱えながらも、そこへ自分の手首を添えてみようとした。

「何をしている」
突然かけられた言葉に、青年は飛び跳ねんばかりに驚いた。
「え、いや、何も……?」
思わず、手に持っていた腕輪を背に隠す。
突然現れたのは、青年より頭一つ分以上背の低い、男……というよりも、少年に近い体格をしていた。
フードを目深に被った少年は、精一杯低い声で告げる。
「勝手な真似はするなよ」
それだけを告げると、少年は返事を待たずに部屋を出て行く。
青年は、少年の姿が完全に見えなくなるまで見送ってから、やっと息を吐いた。
(……チビのくせに、偉そうに……)
腕輪を、仕方なく元の場所に戻しながら、青年は思う。
(今に見ていろ。残りの腕輪を全部集めれば、お前は用済みだからな)
雲の模様が描かれた金色の腕輪は、静かに光を返し、煌めいた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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