35話 葛藤(中編)

文字数 2,394文字

『久居は今回の災厄を避けるために不可欠な人材だ』と、カロッサは言う。

世界の調和と平和を守ることを、種族全体の行動指針と捉えている天使達にとって、世界の破滅を防ぐ事は、もちろん最優先事項だ。
しかし、闇の者の存在を報告することも、また、世界の破滅を防ぐために欠かせない、最優先事項だと、レイは教えられて育った。

「はぁぁ……。どうしたらいいんだ」

レイが何度目かの大ため息と一緒に頭を抱える。

カロッサも交え、四人と一匹で膝を突き合わせてみるも、これという解決策は見つからない。

「ひとまず闇の血が覚醒するまでは報告を待ってもらうとか……」
というカロッサの意見は、環に闇色が染みている時点で能力は覚醒していると判断され却下となり、
「なるべく穏健派の上役にのみ、そっと報告する」
というレイの意見もリルの猛反対を受け、
「天啓を行使して、危機回避までレイに報告を待ってもらう」
という久居の意見も、優先順位が同位のため不可能だと告げられる。
リルの「じゃあもう、レイに忘れてもらおうよ」という意見に、全員頷いてしまいそうだった。

「忘れられたら、楽なんだけどな」
レイの言葉に、久居がゆらりと立ち上がり、これ以上ないほど優しく告げる。
「では……忘れてみますか?」

レイが強烈な悪寒に飛び上がった。
「いっ、いやいやいや! 待て待て、それはどんな忘れさせ方だ!?」

「そうですね、薬を使う方法もありますが、今回は手持ちがありませんので、記憶が飛ぶほど酷い目に遭うというのでいかがでしょうか?」

「じ、冗談……だろ……?」
冷や汗まみれになったレイが、震える声で聞き返す。
「冗談です」
答えて、ストンと久居が座り直した。

「…………」
レイは動揺からか言葉がない。

ハラハラしていたカロッサはホッと息をつき、リルはなぜか残念そうにしている。
「えー、もうそれでもよかったのに……」

「っっっよくないだろ!!!」
叫んだレイが、上がった息を整えようとしている。

「ですが、記憶がないのは本当です」
静かに告げる久居の言葉に、皆が振り返る。
「私には、所々記憶がありません。幼かったから覚えていないのではなく、肝心なところだけ、抜け落ちているのです」

「久居……」
リルが、久居を気遣うように寄り添う。

「なので、私には、私の親が闇の者であるのかも、滅ぶべき人物なのかも、判断が出来ません……」

レイは、闇の者達は六十年以上前に行われた天界による大規模な掃討作戦で、そのほとんどが死滅したと言った。
生き残ったほんの僅かの者達も、見つかり次第天界に拘束されていたため、地上で何代も生き残っていた可能性は限りなく低い。

つまり、久居の両親のうちどちらかが、闇の者だというのが、レイの見解だった。

「じゃあ、こう言うのはどう?」
カロッサが胸を張り、ピッと指を立てる。
ウェーブのかかった艶のある紫の髪が揺れる。
今は羽も触角も出していたので、その背には髪と同じ色の大きな蝶の羽が美しく広がっていた。

木漏れ日を浴びるカロッサに、レイがうっとりと見惚れているが、今はちゃんと話を聞いてほしいなと、その他全員が思う。

「私が久居君の過去を見てみて、その両親が悪い人じゃなければ、報告は後からにする!」

「でもそれって、結局後から久居が危ない目に遭うんじゃないの?」
リルが口を尖らせて言う。
「そうなんだけどね。レイ君もずっと黙っておくって言うのは難しいみたいだから……」
カロッサが両者にとって精一杯の妥協案という体をとる。

「しかし……人の親が、子の前でそう悪い面を見せる事はないのでは……?」
レイの困ったような呟きに、カロッサが感情の篭らない瞳で告げる。
「あなた達は、例え良い親だろうと、何も知らずに生きてきた子だろうと、闇の者なら容赦なく殺してきたんでしょう?」

「っそれは……」
俺のした事ではない。と思った。
しかし、違う。
それは、俺の報告の結果、これから起こりえる未来だ。

ごくりと、言葉を飲み込み、視線を彷徨わせる。

二十五年前の騒動以降、天界では闇の者は即殺すべきという考えが大多数だ。
今や穏健派はその存在すらも危ぶまれている。

誰も知らなかった闇の者を、俺が見つけたと知れば、義兄はどんなに喜ぶだろう。そんな事をうっすらとでも考えた自分が浅ましい。

義兄は過激派側の人間だ。義兄に知られるという事は、久居が死ぬ事と同義だと、俺は解っていなかったのだろうか。

……何かがおかしい。

そう思った途端、ズキンと頭が痛む。
「……っ!」
久々の強烈な頭痛に、レイは強く目をつぶった。

幼い頃はよく頭痛で倒れていた。
その度、義兄が介抱してくれた。

いつからだろう、頭痛がしなくなったのは。

ズキンズキンと繰り返す痛みはおさまる気配がない。
「レイ?」
久居の声だ。俺を心配している。
なんとか返事をしようと思うが、頭は割れるように痛み、目も開けられず、声すら出ない。
痛みの合間に息をするのが、精一杯だ。

レイの様子がおかしいことに、周りも気付いたらしく、カロッサやリルも声をかけてくる。
手を差し伸べてきたのは、やはり久居のようだった。
心配そうに、少し遠慮がちに、ひんやりした手がそっと額に触れてくる。

体温を診ているのだろうか。
ただの頭痛だ。心配いらない。そう伝えたかったけれど、レイにはどうしようもなかった。
降り注ぐような痛みに、意識が遠のく。
少し冷たい手が気持ち良くて、けれど酷く申し訳なかった。
視界は既に、黒く染まりつつある。レイは久居に心で告げる。
心配しなくていい、すぐに治る。
いや、一瞬でもお前を売ろうとした俺を、お前が心配するなんて、おかしいくらいだ。
こんなの……リルが怒るのも、当…………然ーーーー……。

ぐらり、と揺らいだレイの体を久居が支えた。
がっしりとした体躯の割に、レイはさほど重くは無かった。
「レイ!」
真っ青な顔をした青年は、久居に体を預け、自身の金の髪と白い翼に埋もれるように意識を手放していた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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