35話 葛藤(前編)

文字数 2,311文字

レイが、その葛藤を見せてくれた事に、久居とカロッサが内心ホッとしながら顔を見合わせる。
隠さないでくれるなら、一緒に考えることも出来る。

それでは私が、とカロッサに仕草で伝えて、久居がしゃがみ込むレイの前に膝を付いた。
「レイ(さん)、話していただけますか?」

レイが抱えた頭をそのままに顔を上げる。
半眼で、久居をジロリと見ると、
「……その『さん』が取れたらな」
と答えた。

「……」
久居が柔らかな笑顔を浮かべたまま固まる。

「ねーねー、環って、こんな色だった?」
リルが、思い出した。とばかりに皆の前に環を差し出す。

金一色のシンプルな環は、それでも、その精巧な彫金に彩られ神聖な輝きを放っていた。はずだった。それが今は……。

「少し、燻んでますね」
「血が付いたからかしら……」
「でもボク、これすっっっごいよく洗ったんだよー?」

レイがゆらりと立ち上がり、リルの手から環を一つ取り上げる。
「レイ?」
しばらくジッとそれを見つめていたレイが、環をリルの手に戻すと、盛大なため息を吐きながら、その場に項垂れた。

「せめて、疑わしい、くらいにさせてくれ……。
 これはもう、確定じゃないか……」

地に手をつくレイを見ながら、リルが環を久居に手渡す。久居は、それを二つ装備しながら、カロッサとリルを見回す。
リルは小動物のようにくりっと小さく首を傾げたが、カロッサの方は表情を翳らせていた。
何か思い当たる事があったのだろう。

久居は覚悟を決めると、レイに呼びかける。
「レイ……話してください」

久居の、恥ずかしさをぐっと堪えた顔を見上げて、レイは、泣きそうな顔で笑い「分かった」と返事した。

「鬼は確かに夜目を使う代表種だが、その環は人専用の神器だ。鬼の血が少しでも混ざれば使えない」

「それを、使えるんだろ?」とレイに恨めしそうに確認され、久居が「使えます……」と答える。

「使えるって事は、人間って事だ。人間の中で、夜目が使える奴……となると」
ここでレイが、また心底嫌そうにため息をついてから、
「久居は闇の血を引いてる……って事になる」
と告げて、また頭を抱えた。

「……闇の者は、天使の天敵だ。
 穏健派でも必ず見張りをつけるだろうし、過激派に知れた日には、即座に刺客を差し向けられるだろう」

久居が、予想していなかった答えに息を呑む横で、リルがぷんぷんと怒りだす。

「何それ! なんでその血を引いてるってだけで、久居が殺されちゃうの?
 何も悪いことしてないのに!?」

感情のままに口にしてから、それは自分のことでもあったと、リルが気付く。

何もしなくても、引く血が違えば違った対応を取られる。それがこの世の常識で、抗えない事なんだと、三年前までリルは思っていた。

でも、そうじゃない人に会った。
それが久居だった。

久居とクザンと三人で、様々な場所を巡り、修行する日々で、世界はそれだけじゃない事を知った。

それなのに、その久居が、引く血のせいで殺されてしまうなんて、リルにはとても許せる話ではない。

チリッと僅かにリルから漏れ出した炎の気配を肌に感じ、咄嗟に久居がカロッサを抱えて離れる。
「リル!」
一瞬遅れて、レイも離脱する。
「何だ!?」

「ボクはそんなの、絶対認めない!」
リルはボワッと勢いよく、蒼炎に包まれた。
その瞳は、光を宿したままレイを見ている。

それを横目で確認しつつ、久居はカロッサを離れた場所に下ろすと、空竜に声をかけ、いざという時には離脱するよう伝える。

レイは、リルと真っ直ぐ対峙している。
会話はない。
二人の間に、レイを庇うように、久居が割り込んだ。
「リル、落ち着いてください。私をすぐ殺すつもりであれば、レイはこんな話はしません」

「……そうなの?……」
リルが、不服そうな顔で久居とレイの顔を交互に眺める。
「ああ。俺は、久居を殺したくない」
その言葉にリルがホッと緩んだのも束の間、レイが言葉を続ける。
「だが、天の者として、この事実を知ってしまった以上、天界に報告しないわけにはいかない……」
苦しそうに俯くレイ。
その様子に、リルがまたムッとする。
不機嫌そうに揺らめく炎に、久居が険しい視線を向けた。
「リル」
嗜めるように名を呼ばれ、リルが久居を見る。
いつもリルにだけは優しい久居が、厳しい表情を見せていた。
「……リル。まずは炎をしまってください」
久居の声に静かな怒りを感じ取り、リルがぴゃっと大慌てで炎を引っ込める。
「ひ、久居……怒ってる?」
「いいえ。まだ、怒ってはいませんよ?」
リルは内心「そうかなぁ……」と思いつつ、大人しくする事にする。言いたい事はまだあったけど、ボクが言うことじゃなかったのかも知れない。そう反省しながら。

シュンとなったリルを、炎の漏れがないことを確認しつつ、久居が優しく撫でる。
「リルの気持ちは嬉しいです。ですが、人の話は最後まで聞きましょうね? 彼も覚悟をして話してくださったのですから」
「ん…………ごめんなさい」
リルが反省の言葉を口にするので、それは相手が違うとばかりに、久居はリルをレイの前に差し出した。
リルが、おずおずとレイを見上げて、口を開く。
「レイ、お話の途中で、ごめんなさい」
「ああ……。まあ、ちょっと驚いたけどな」
レイが苦笑して見せる。
「……蒼炎、綺麗な色だな」
初めて見た蒼炎は、揺らめくだけで威圧感があった。声も出なくなるようなその圧に、ただ立っている事しかできなかった自分が情けないとレイは思う。

レイは、離れたところで様子を見ているカロッサをチラと見た。
彼女を守るどころか、自分が危ない目に遭わせてしまった。
実際にカロッサを守ったのは、久居だった。
不甲斐なさと悔しさで、胸が痛む。

「えへへ、ありがと」
リルが少し照れるように笑った。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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