27話 蛇(中編)

文字数 3,711文字

一方、城の中庭では、リルの炎を纏った久居が刀を正眼に構えていた。
それに対峙しているのは、両手に大きく反った刃を握る長身の鬼だ。

久居の後ろにはリルが、長身の男のずっと後ろには、蘇芳色の髪をした男が立っている。
おそらくあれがカエンだろう。と久居は思う。
蘇芳色の髪に、頭のてっぺんより少し後ろ側から真っ直ぐ伸びる1本の角。その角はクザンによく似た形をしていた。
おそらく、今は小さなリルの角も、いずれあのように伸びるのだろう。
カエンらしき男は、大分離れたところで柱に背を預け、腕組みをしている。

中庭は、久居と長身の橙髪の鬼が何度かぶつかり合ったせいで、あちこちが焦げたり砕けたりしていた。

不意に、カロッサの囚われていた部屋の方向から、ガシャンとガラスが吹き飛ぶ派手な音がする。
チラリとそちらへ視線を投げた久居が、空高くへ空竜が舞い上がるのを確認する。
その視線から、長身の鬼が脱出する空竜に気付いた。
「あっ、逃げやがったな!」
言うと同時に橙の鬼が空竜目掛けて針を投げようとする。が、それを許す久居ではない。
一瞬で間合いを詰めると、右から左へと炎を纏う刀で男をなぎ払う。
男は左側から来た刀を受ける。
久居の思った通り、左肩にまだ力が入らないらしい男が、耐え切れずに吹き飛んだ。
何度か地面で跳ね返りながら、橙髪の鬼はカエンの足元まで転がる。
そんな部下を見下して、カエンが酷く冷たく言った。
「……お前が任せてくれと言うから、見ていてやったんだけどね?」
ぞくり。と背筋を震わせて、跳ね起きた長身の鬼が、カエンに平伏する。
「申し訳ありません!!」
男の左腕は、明後日の方向を向いている。
しばらくは元に戻らないだろう。
「もう十分だろうね?」
長身の鬼は、額を地に擦り付けたまま小さく震えている。
顔を上げる気配の無いそれを、カエンが無造作に中庭の端へ蹴り飛ばした。

「……ひどい……」
リルがポツリとこぼした言葉を、久居は背で聞く。

カエンは、改めて久居とリルを見た。
どうやら小鬼の方はあの二人の言う通り、炎を出せる『だけ』のようだ。
カエンにとって興味があったのは、水色の炎を出せると言う小鬼の正体と、四環を取り戻す事の二点のみ。

ゆったりと、身構える風もなく、カエンが久居へと歩き出す。
「つまるところ、こいつを押さえれば良いわけだね?」
カエンの周囲に大量の炎がゴウッと溢れ出し、渦を巻く。
カエンを包み込むようなそれは、オレンジなどではなく、ハッキリとした黄色だった。
久居の肌が、ざわりと粟立つ。
本能が、目の前にいるのは本物の化け物だと告げている。
あれだけ近くでクザンの炎を見ていても、頭では分かっていても、いざそれを自分に差し向けられて、久居の体に余計な力が入る。
その筋張をなんとか少しずつ弛めながら、久居はじりじりと後退った。

炎対決になってしまえば、久居にできることなど限られている。
今はとにかく、リルとの物理的な距離を縮めておくべきだ。
「リル、命を預けます」
掠れた声で、静かに告げられた言葉に、久居を包んでいたリルの炎が一層力強く輝く。
久居は、まだなんの予備動作も見せないカエンから、一瞬たりとも視線を外す事はできなかった。
だが、後ろを振り返らずとも、リルの気持ちは久居に伝わってくる。
久居が、正眼に構えた刀を強く握り込むと、刀を包む炎が白色に輝き厚みを増した。

「白炎か、美しい……。素手では難しいだろうね」
ゆるやかに、変わらぬ歩幅で歩いてくるカエンが、真っ白に輝く炎にうっとりと目を細める。
歩を緩めぬまま、カエンは懐から鉄扇のような物を取り出した。
繊細な透かし細工の施されたそれを、片手にトントンと乗せていた彼が、足を止めたのは、久居の間合いに入るか入らないかの瀬戸際だった。

ヒュッと風を切る音と、ゴウッと火柱が上がる音が重なる。
お互いの炎が弾け合うバチバチというけたたましい音。今までの、片方が溶けていく嫌な音とは違う。
炎の温度が拮抗しているとこうなるのか、と久居は気付く。
カエンの炎は、既にリルと同じ白炎となっていた。

二撃、白炎を纏う鉄扇の攻撃を久居が刀で払う。
三撃目でカエンは鉄扇を広げた。
鉄扇から炎が扇状に広がり、久居は後ろへ跳び避ける。
もうリルまで距離はない。
一帯を包むかのように広がった炎は、五匹の大蛇のような姿に収束し、それぞれがまるで意思を持っているかのように久居目掛けて襲い来る。

一匹、二匹、三匹と、その首を、額を斬り伏せる。
が、四匹目は久居ではなく、その直ぐ後ろのリルを狙っていた。
前三匹の攻撃の隙に横から回り込んでいたのか、久居がそれに気付き、リルの目の前で四匹目を斬り落としたのと、五匹目が久居の空いた脇腹に食い込んだのは、ほぼ同時だった。
「……っ!!」
返す刀で脇腹の蛇を落とそうとした久居の腕を、蛇が下からすくい上げるように咥え込む。
蛇達は攻撃の勢いを殺す事なく、そのまま久居を壁に叩きつける。
「ぐぁっ!!」
強かに打ち付けられた衝撃で、古い石壁から、バラバラと石片が舞う。
両腕と腹を大蛇に喰われた形のまま、久居は壁に縫い止められた。

「久居!」
背後の壁を振り返ったリルに、ふっとカエンの影がかかる。
リルが慌てて振り返った時には、カエンはもうそこにいた。
「よそ見をしている場合では、ないと思うのだがね?」
逃げ出そうとするリルの首根っこを、一匹の蛇が咥えて持ち上げる。
「わっ! あ、わあああっ!」
宙にぶら下げられて、リルが精一杯じたばたと足掻く。
それは完全に無駄な抵抗だった。

「さて、まずは君のことを教えてもらおうか、小鬼君?」
カエンが優雅に微笑む。その手元の扇からはまだ二匹の蛇が手持ち無沙汰に揺らめいている。
炎の蛇は、斬られても新たに生えてきたのだ。

「あ……あ……」
リルが底知れない恐怖を感じる。
じわりと涙が滲み、身体が勝手に震えるのを止められない。
「ふふ、そんなに怯えていると、あちらが死んでしまうよ?」
カエンが楽しそうに告げる。
「ぐっ! うぁっ……」
久居の声に、リルが首だけで振り返ると、炎が弱まった分、蛇の牙が久居に深く深く食い込んでゆくところだった。
「久居!!」
悲痛な叫びと共に、チラチラと消えかかった炎がなんとか輝きを取り戻す。
キッとカエンへ向き直る涙目のリル。まだまだ恐怖の色が濃いその顔を見て、カエンが満足そうに微笑んだ。

「ふふふ、そうこなくては、ね?」
カエンの声に応えるように、残る二匹の蛇がゆるりと動き出す。
「わぁ、ぁぁ……」
一匹はリルの足先から、もう一匹は腕から、パチパチと火花を上げながら絡みついて、それぞれが下腹部と胸部の辺りで大きく口を開いた。
「さあ、どこから噛み付いてみようか?」
「っ熱っ……」
リルが恐怖からまた炎を弱めたのか、その分内側に侵食したカエンの炎が二人の肌を焦がす。
壁際で微かに聞こえる久居の呻き。あちらは既に牙が内臓まで喰い込んでいたので、内側を更に焼かれたようだ。
耳に届く久居の荒い息に、リルは必死で心を落ち着かせる。
(しっかりしなきゃ……。ボクがしっかりしていれば、久居が炎に焼かれる事はないんだから……)
蛇達とカエンを視界に入れたままでは恐怖に勝てそうにない。とにかく、今は炎を綺麗に出すことだけに集中するべく、リルは目を閉じた。

「まだまだ未熟な小鬼だね、目を閉じなければ自分の炎も保てないのかい? ふふっ、君の父親は、クザンだろう?」
敵の口から、さらりと父の名前が出て、リルは思わず目を見開いた。
「なんで……!?」
「そんなに驚くほどのことではないよ? 水色の炎など、直系でなければ出せるものでは無い」
カエンの表情が、暗く歪む。
「しかし、下劣な妖精から生まれたくせに、よくその色が出せたものだ。ふふ、可哀想に、君の母親は焼き殺されたんだろう? あの、哀れなクザンの母……おばあさまのように……」
可哀想だと言うカエンが、実に楽しそうに、口元を吊り上げる。

その言葉にあからさまな侮辱を感じて、チリっと、リルの心が焦げ付いた。
(……詳しいことはよくわからない。けど、この男は、ボクの大切な両親を馬鹿にしてる……!!)
それだけを理解すると、リルの薄茶色の瞳が鋭く輝き、火が点くように揺れた。
リルの炎の輝きが増し、白色が透明度を上げてゆく。

バチッバチチッッ!!
蛇との間で火花が大きく散って、煙が上がる。
「美しい炎だが……ただ出すだけでは能がないよ?」
リルの白炎が色を変え始めても、カエンは余裕の表情を崩さない。
リルの体からするりと離れた二匹の蛇がくるくると捻り合って、錐のように尖った。

久居は、リルの炎に押し返しされた蛇の拘束力が弱まった隙に、手首を捻って指先を服の下の環に沿わせていたが、まだ迷っていた。
リルの命を断つつもりなら、容赦する気は無かったが、彼からは殺意が感じられない。
自分を拘束している蛇も、その気なら胴も両腕も噛みちぎれるのだろう。
鬼の中でのカエンの立ち位置が分からない以上、立場のある者に手を出して、無駄に敵を増やすのは得策では無かった。

パッと前触れなくリルが空を仰ぐ。
つられて見上げた青空には、真っ白な翼を垂直に立て、まるで光そのもののように急降下してくるレイが居た。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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