25話 喪失(前編)

文字数 3,312文字

翌日は空竜が空に溶け込むような、清々しい快晴だった。

この空模様なら、日中の出立でも人目につかないだろうと判断した久居は、疲れの溜まった皆が目覚めるまで、無理に起こすことなく休ませた。
その間に、この先に当ての無い三人のため、せめてもの朝食を用意する。

皆にひとときの安らぎを提供することには成功した久居だったが、この選択は完全に間違いだった。
ここでの正解は、一刻も早く発つ事だったと、後に知る事になる。

昼前に、ウィル達家族を予定していた島まで送り、お互いの幸運を祈って別れる。
カロッサの家に着く頃には、昼を少し回っていた。

「……燃えてる」
とリルが言った。

遠くからでも、森の奥で煙が上がっているのが、かすかに見える。
そこは、カロッサが居るはずの場所だった。

「どうして!? カロッサは!?」
「急ぎましょう、空竜さん!」
空竜が答える代わりにグンと速度を上げる。

二人と一匹が湖畔に降り立った時、建物は既に、ほとんどが焼け落ちていた。
「カロッサ!!」
飛び降りた勢いのまま、リルが走り出す。
「リル! まだ燃えているところがあります、炎を……」
久居の言葉が終わらないうちに、リルは炎を纏った。
「敵が近くにいるかも知れません。慎重に行動してください」
リルがピタと止まる。
リルを追っていた久居が、危うくリルの炎に触れそうになり軽くのけぞった。

「誰かいる。カロッサ……じゃない、誰か」
その言葉に久居が気配消しの準備をするが
「泣いてる……?」
と言われ、手を止める。
「この場にいるのは、その一人だけですか?」
「うん……カロッサの音は、聞こえない」
リルが俯いて答えた。

物陰からそっと伺うと、その先の瓦礫の中に、一人の男が膝をついていた。
背中にかかる金髪に、一瞬女性かとも思ったが、肩当てから伸びる腕は引き締まり、筋肉が付いている。

「俺が付いてたのに、こんな……っ!」
男が、力任せに地面を殴り付けた。

ドンッという音の奥に、広がりを感じたリルが言う。
「カロッサの家、地下室があったんだね。結構深そう」
「その地下にカロッサ様は……」
「いないと思う」
「……そうですか」

それでも、地下室があると知れた事は、何かの手がかりに繋がるかも知れない。
久居はそれを頭の隅に入れておく。
顔を見合わせたリルと久居は、もう一度、瓦礫の中で自責の念に囚われている男を見た。

俯く表情は、日を浴びて煌めく金髪に隠されている。
両側と後ろ髪は肩下まで伸ばされていて、今はそれが頬にかかっていた。
青い甲冑は、輝く金色で縁取られていて、肩当てと胸当てのみの軽装備だ。
その上から軽そうな白い布が緩やかにかかっているが、隙間からあちこち素肌が見えている。
腕には金属製の手甲のような物が巻かれ、脚にも脛当てを兼ねた金属製の靴を履いているので、一応戦闘に備えた装備ではありそうだが、日常使い用のようだ。

「腕とか脚とか……、脇からお腹も見えてるけど、恥ずかしくないのかな……」
リルの呟きに、久居は内心苦笑しつつも文化の違いを考えてみる。
「どこの国の方なのでしょうね」
もしかしたら、彼も人間ではないのかも知れない。この状況に悲しんでいるなら、カロッサの知り合いである可能性は高かったが、声をかけるべきかどうかは、まだ判断できなかった。

「フリーが言ってたよ、ああいうのってロシュツキョーって言うんでしょ?」
「……露出狂では、無いと思いますが……」
リルはどうにも相手の格好が気になっているようだ。

男の左耳には小さな金属の飾りが二つついていて、そのひとつから細い鎖で丸い輪に十字がはまったような飾りが下がっている。
俯いているため顔の横にかかっていた、その握り拳大くらいの飾りを、男が震える手で掴んだ。

「俺が守ると……心に誓ったのに……カロッサさん……」
ポタリと一粒。堪え切れなかった雫が、焼け焦げた地面に吸い込まれた。

どうやら、カロッサの敵ではなさそうだが、かと言って自分達の敵でないとは限らない。
そう思う久居が最善の手を思案している間に、リルが動いた。
リルは炎を纏っていたため、久居は肩を掴むことができない。

「誰だ!!」
リルがほんの数歩進んだところで、男が気付く。
男は金髪をなびかせ瞬時に立ち上がり、片手を前に出し障壁を張りつつ、もう片方の手でゴシゴシと乱暴に顔を擦る。
「君は……鬼だったのか」
耳もツノも隠れたままの、リルの炎に気付くのも早い。
(その言い方は、リルを知っているという事でしょうか……?)
男は、リルの姿に障壁をたたんだが、久居は内心警戒を強めた。
久居は、自分と同じくらいの歳に見えるその男を、強敵になり得ると判断し、いつでも障壁が張れるように心構える。

「お兄さん、カロッサのお友達?」
他意のないリルの一言に、男は何故か耳まで真っ赤になった。
「とっ……ともだち、では、ないが……」
「え、お友達じゃないの? どういう関係の人?」
「かっ、かんけいっ!? ……いっ、いや、関係は、ある。ぞ。一応、俺が警護を担当して、いた……」
男の声が震え、顔色が見る間に赤から青へと変わる。
「……っ、すまない……っ。俺の、力不足で……彼女を助けられなかった……っ」
絞り出すような声と共に、男は頭を下げた。
今のところ、敵ではないらしい。
警戒は残しつつも、久居が会話に加わる。
「私は久居、こちらはリルです。現在の状況についてお聞きしてもよろしいですか?」
「お……いや、私はレイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス。時の魔術師殿と、その弟子カロッサさんの警護を天界より任じられています」
「レイ……ザー…………なんだっけ」
リルの脳が四文字で力尽きている。
久居は内心、リルが彼の台詞の後半部分に反応しないでいてくれた事にホッとする。
彼はまだ、ヨロリ様がもういない事を知らないようだ。天界というのも、初めて聞く単語だった。

「レイザーランドフェルト。あなた方は魔術師殿の使いで外に出ていたはずですが、空竜は一緒ではないのですか?」
なるほど、彼がどこからどうやって警護していたのかはわからないが、我々の事は把握されているらしい。
「空竜は、向こうの茂みに隠れてもらっています」
「ああ、こんな状態だからですね……」
「レイー……ラン……ノ?」
「いや、レイザーランドフェルト。現状、カロッサさんは行方不明です。何者かに拐われたのは分かっていますが、相手は鬼だということしかわからず、現在南西の方角に生命反応があります」
「レイラーダンド……えーと、なんだっけ」
「レイザーランドフェルトな……。えー、それで、魔術師殿は、探知する限りこちらに生命反応があるのですが、魔術師殿の姿は見当たらず、現在捜索中で……」
「レイラーダンドペルロ!」
「レイザーランドフェルト……いや、もう、好きに呼んでくれ……」
リルに調子を崩されつつも、一々返事をするあたり、律儀な男だと久居は思う。
「じゃあ、レイでいい?」
「いきなり短いな! ん? リルは名前それで全部なのか? そういう文化圏……」
「ボクはリール・アドゥールって名前だよ」
「「え?」」
男と久居の声が重なる。
「いや、なんで一緒に驚いてんだよ……って、いやいや、すまない。使者の方々に非礼を……」
思わず突っ込んでしまったらしく、慌てて謝ろうとする彼を止めて、久居が伝える。
「いえ、私達はほんの小間使いです。肩書きも立場もありません。どうぞ楽に話してください」
「そ、そっか? いやでも、俺には一応立場があるしな……」
喜んだり悩んだり、赤くなったり青くなったり、泣いたり焦ったり、忙しい男だ。
「久居に、ボクの名前教えたことなかったっけ?」
リルが不思議そうに首を傾げて、久居を見上げる。
「ええ……ですが、それは私が一度も聞かなかったからですね。気にしないで下さい」
リルに微笑んだ久居が、男の視線を感じて顔を上げる。
「私は苗字はありませんので、久居で全てです」
正しくは、苗字はあの日の海に捨ててしまった。菰野様の傍に仕えるには、不要だったからだ。
久居にそう言われて、男が少し考える仕草をする。
「そうなのか。じゃあ俺だけ長いのも呼びづらいだろうし、二人ともレイでいいよ」
と、まだわずかに涙の残る露草色の瞳を細めた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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