23話 追撃(前編)

文字数 2,413文字

リルの耳で聴く限り、屋敷に大きな異変はなさそうだ。
静かな夜の邸宅からは、住み込みで働く何名かの生活音がするのみだった。

全員降りたのを確認すると、空竜がシュルシュルと縮む。
その不思議な光景に、まだ慣れないウィルが目を奪われる。

久居が寝泊り用の荷物を紐で背負いながら、懐からクザンに貰った懐中時計を取り出した。
(十時になるところですね)
久居も、こちらの時間の単位に大分慣れてきたようだ。
「お嬢さんはもうお休みでしょうか?」
「いや、どうかな、ナタリアは本が好きでね。ベッドに入ってからが長いんだよ」
久居の言葉に、ウィルはほんの少し苦笑を浮かべて答えた。

久居は、少し前まで恐怖と罪悪感でガチガチだった男が自然に笑えるようになっている事に少し驚いたが、これもリルの為せる技かと、肩越しに少し後ろを歩く少年をチラと見た。
リルは、しょんぼりとお腹を押さえている。
「ボク、ちょっとお腹すいちゃった……」
素直なリルの言葉に、久居が苦笑する。
あれだけ頑張ったのだから、お腹も空くだろう。
「少し食べますか?」
久居は懐から特製の兵糧丸を取り出して見せる。
リルはパッと破顔すると「食べる!」と元気に受け取った。
一口サイズの飴ような、ゴツゴツした茶色いそれは、リルが食べやすいよう、きな粉、すり胡麻、砂糖の分量を増やして作ってあった。
この先、まだどこで戦闘になるか分からない以上、リルにスタミナ切れを起こされては困る。
久居は、リルの体調管理にはいつも以上に気を配っていた。
「あまーい、おいしー♪」
「三つまでにしてくださいね」
「はーい」
小声でそんな会話をしながらも、三人は、館の裏口より静かにお邪魔した。
「大きい玄関も見たかったなー」
残念そうなリルに、ウィルが謝る。
「……すまないね。ここにも鬼達の息のかかった者が居るかも知れんのだ。長年仕えてくれた者達を疑うのは心苦しいが、そうでなきゃ……」
と、後半は濁したが、何か心当たりがあるウィルの様子に、久居は警戒を強める。
「そっかぁ。残念」
リルは変わらずのほほんとしている。

屋敷の主人の案内に、リルの耳と久居の目があれば、人目を避けて動くことは難しくなかった。
階段で二階に上った廊下の突き当たり、扉の前でウィルが立ち止まる。
「ここが妻の寝室だ。その……少し廊下で待っていてもらえるだろうか」
「わかりました」
久居の返事にリルもコクコク頷いている。

リルは全く疑っていないようだが、久居はこの話自体が罠である可能性も考えている。
それでも、腕輪は二本とも回収しているし、リルの耳もある。女性の寝所に無理に立ち入る必要は無いと判断した。
ウィルが「ありがとう」と心からの感謝を述べて、部屋に入った。
扉越しに聞こえる、女性の驚きと、喜びの声。そして、しばらくの会話。
部屋の中には十分な空間があるらしく、久居には内容までは聞き取れなかったが、リルが「よかったねぇ、おじさん、よかったねぇ……」と目に涙を溜め……いや、大いに溢れ出したところを見るに、二人は無事、感動の再会を果たせたようだ。

こんなに泣いてばかりで、リルは目が痛くならないのだろうか。
そう心配しながら、大粒の涙を拭き取る久居だが、その表情は穏やかだった。

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奥方を紹介しようとするウィルをそっと制して、
「申し訳ありませんが、お互いのためにも、奥様とお嬢様のお名前は伺わないでおきます」
と久居が告げた。
夫妻は顔を見合わせて頷き合う。
四人はぞろぞろと娘の寝室へ向かった。
娘の寝室は三階だったが、こちらも難なく合流した。
が、説得には難航しているようで、扉の外へも言い争う声が漏れ聞こえてくる。

「お嬢さんは、逃げたくないと……?」
久居がため息まじりに、隣で扉に寄りかかり座り込んでいるリルに尋ねる。
「うん……、お友達と離れたくないんだって」
リルは眠そうな声で返事をした。
時計を見ると、十一時になろうかというところだ。
リルが眠くなるのも当然ではあったが、ここで耳を失うのは厳しい。

「……失礼ですが、私達もお邪魔させてもらうことにしますか」
そう言うと、久居は扉をノックした。
小さな音ではあったが、扉に寄りかかっていたリルの耳には大きかったのだろう。
ぴょこんと飛び起きて、目を擦っている。

間も無く内から扉は開いた。
扉を開けてくださった夫人に礼を述べ、久居が部屋と会話に入る非礼を詫びる。
夫妻は立場を弁え恐縮していたが、お嬢さんの方はムッとした表情だ。
恐らくまだ自分の父がしでかした事も聞いていないのだろう。どこから切り出したものか、と思った時には、リルが口を開いていた。

「逃げないの? 逃げないとまたあの人達が……」
リルの言葉が不自然に途切れる。
一瞬ピタリと動きを止めて、手で耳をサポートする姿勢を取るリル。
それを見て、久居は部屋にあった観葉植物の鉢をベッドにひっくり返した。
「な……」
久居が、非難の声を上げようとしたお嬢さんの口を塞いでベッドに押し込む。
ウィルは意外に素早く、夫人の手を引いてベッドに上がろうとしている。
「あっちだよ」
リルが敵の出現方向を指しながらベッドに飛び込み、久居が気配隠しの術を発動させた。

戸惑う夫人とお嬢さんに、説明しようとするウィルを仕草と眼光で久居が制す。
敵の気配は館に踏み入る事なく様子を伺っているようだ。
我々がこちらに来ているという確信があるわけではないらしい。
裏庭に残した空竜が見つからない限りは、やり過ごせるかも知れない。

正門側の庭に現れた二人のうち、一人は庭に残り、一人が勝手口より館に入った。
が、それが分かるのは聞こえるリルと気配を探れる久居だけで、残りの三人は不安や恐れや怒りをそれぞれ抱えたまま沈黙に耐えている。

館に入った一人、おそらく気配からして背の高い方だろう。
その男が別の人物となにやら話した後、出て行く。

このまま館に留まられると厄介だと思ったのだが、まだ他にも心当たりがあるのか、二人は揃って地中に消えた。
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登場人物紹介

リル (リール・アドゥール (reel・adul))  [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

17歳 6月25日生まれ 身長150cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は10~11歳程度


よく食べてよく寝る、小柄な少年。

外見はひょろっとしているが鬼由来の腕力は人の比ではない。

潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

21歳 5月生まれ(日は不明)身長170cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

クザン(玖斬 閻王)[鬼]

作中ではほとんどカタカナ表記


リルとフリーの父親。外見年齢は38歳。実年齢は76歳。

鬼の中でも特に長命。


獄界より、リルを獄界に連れて行かないことを条件に、

年間300以上の特に面倒な魂送の仕事を押し付けられている。

年中あちこち飛び回っていて超多忙。


駆け落ちしてまで一緒になった妻と共に居られる時間が無さすぎる事や、

子ども達の成長を見守れない事が現状すこぶる不満。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親。37歳。


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

空竜(くうりゅう)[自然竜]


リルやカロッサにはくーちゃんと呼ばれている、もふもふの自然竜。

大気を取り込み体の大きさを自由に変えることが出来る、持久力に優れた竜。

大きくなるのにそこそこ時間はかかる。

最大サイズでの最高時速は650km程度。


空竜というのは個人名ではなく、ただの種族名。

カロッサ [妖精]


時の魔術師に拾われてからようやく人らしい生活を知った、元孤児。34歳。


リリーとは同じ師の元で学んだ姉妹弟子。

リリーが初めての年の違い友達で、唯一の親友。


一時期クザンやラスが時の魔術師の家に転がり込んでいたことがある。

時の魔術師に多大な恩を感じており、一生をかけて返したいと思っている。

クリス(偽名?)


四環守護者の生き残り。17歳。

『風』と『雲』の腕輪を扱う事ができる。


村を焼き親兄弟を焼いたラスを恨んでいる。

牛乳(ぎゅうにゅう)[猫]


白い毛並みに青い瞳の猫。

クリスを守っている。……と本猫は思っている。

クリスを恋人のように大事に思っているが、クリスは気付いていない。

名前はクリスが付けた。

ヘンゼル


ラスに利用されている現地の貴族の青年。でもあまり役に立ってない。

本人としては、ラスの方を利用しているつもり。

ラス(ラスカル)[鬼]


四環を狙っている鬼。外見は永遠に14歳。

どうやらカロッサ達と面識があるらしい。

レイ(レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクス)[天使]


身長180cm 体重73kg(内、翼10kg)+鎧3kg(アルミ程度の重さの素材)=総重量76kg

空を飛べるように骨は中空構造となっており、人間よりは骨折しやすい。外見年齢22歳。


時の魔術師の警護を担当している天使兵。

カロッサがヨロリと二人きりになった頃から警護担当となり、

毎日姿を見ているうちに、いつの間にかカロッサに惚れていた(初恋)

すぐ赤くなったり青くなったりする事を、自分でも気にしている。


仲間からはレイザーラ、リル達からはレイと呼ばれる。

特技は光魔法。わりと技能派。

色々と有能なのに、いつも不憫。

サンドラン(サンドラングシュッテン)


レイの学生時代からの友達。

緑色の髪にオレンジの瞳。

無邪気で悪戯っぽく笑う、仲間思いの青年。

サラ(サーラリアモン)[天使?]


黒い羽を持つ少女。外見年齢18歳。

父さんのためなら何でもできる。

逆に、父さんの関わらないことは全てどうでもいい。

カエン(火焔)[鬼]


外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は86歳。


クザンより年上の、クザンの甥っ子。

クザンが生まれるまで、閻王の名は自分が継ぐものと思っていた。

(レッコク)烈黒[鬼]


外見年齢27歳ほどの鬼。作中に名前は出てこない。

カエンに仕える鬼のうち、筋骨隆々と背の高い方の、背の高い方。


頭の左右から2本ずつ生えていたツノのうち、左側の2本はヒバナに折られている。

ヒバナ(火端)[鬼]

作中では『変態』と呼ばれることの方が多い。

外見年齢は25歳で時間停止中。実年齢は204歳。


クザンの母に仕えていた従者。

主人の死後、そのままクザンに仕えている。

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉。

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有


現在菰野と共に凍結中。

菰野 渡会 (こもの わたらい)


地方の藩主の姉の息子。久居の主人。

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


現在フリーと共に凍結中。

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