第42話 それぞれの最悪な結末
文字数 1,886文字
「ハルカ」
翼の発言から想像できなくはなかったが、酷い状態だった。
左手には手錠、右は……外れている。
痛みすらわからなくなっているのか、悠は呆然と呟いている――殺さなきゃ、と。
「――ハルカ!」
――はるか、かなた。姉弟みたいでよくない?
茅野由宇と近江悠。ゆうが二人いたから、冗談めかして彼方はそう言った。
それを悠は喜んでくれた。
「ハルカ、誰を殺さなきゃいけないの?」
「……だ、れ? みんな、みんな……わすれちゃだめだ。また、うばわれるから。おれが、おれが……ころさなきゃ」
予感はあった。
けど、本当に殺されそうになると、彼方の身体はショックで動かなかった。
教えた必殺技――首刈り。
ちぎれかけた右腕は、悠は首を掴んで押し倒した。
「……は、るか」
手塚から聞いた。悠の両親の真相。ただの交通事故ではなかったことを。
「な、んで、ハルカが悪いの?」
どう考えても、子供だった悠に落ち度はない。
「……れが、だまってかくれていたから。たすけてって、いわなかった。なくことも、しなかった。ずっと、だまってかくれていた……パパとママがくるしんでたのに、ぼくは、なにもしなかった……」
強烈な頭痛、異能の感知――感情のスイッチが切り替わったのか、ぼたぼたと悠の涙が落ちてくる。
「それを、ぼくはわすれていた。ぼくがわすれていたから、ゆうがきずつけられた。だからもう、ぜったいにわすれない。もうにどと、かぞくをうばわれたくないから……」
――あいつらはみんなころさなくちゃいけない。
またしても、激しい頭痛。殺意のスイッチが入ったのか、首を絞める力が強まった。反射的に、手塚から預かった拳銃に手が伸び――彼方は自分を叱咤する。
――馬鹿が。ここで撃ったらなにも変わらないじゃないか。
必要もないのに預かったのは、使わない自信があったからだ。
「ハ、ルカ……あんたのおかげで、初葉は助かった」
悠がいなければ、あそこで人を殺していたのは初葉だった。
「ハルカはちゃんと、守れたんだ。約束したことを、守ったん、だ……」
――届け、届け、届け。
彼方は手を伸ばす。悠の頭に……届け!
「……よ、く……が、んば……た……ね」
今日一番の最悪の異常事態に手塚は溜息すら、出てこなかった。
「……なんということだ」
これで、今日一日が無駄に終わった。日本の未来の為に多くの罪を犯したというのに……すべてが水泡に帰した。
「……犯して殺したのか? いや……」
彼方は黙って犯されるような相手ではない。
「――殺して、犯したのか」
やはり、子供だった近江悠は見ていたのだ。
母親が殺されたのを。その死体を父親が犯したのを――もちろん、それは周囲の人間に脅され、無理やりにやらされたことだったが。
「……皮肉だな」
多くの労苦を引き換えに手に入れたのが、これか。これならまだ、朱音初葉のほうがマシだった。
近江悠は死んだように、愕然としていた。今までの暴走が嘘みたいに、一切の感情を失くしている。
「これの……使い道を考えないとな」
犠牲を考えれば、使えませんでは済まない。なんとしてでも、利用価値を見つけて、役に立ってもらわないとならない。
――すべては日本国家の安寧の為に。
目を覚ました少女は、自分が知らないベッドにいることに気付いた。
部屋にも、見憶えはない。
それなのに、怯えもしないで少女――茅野由宇は髪の毛を整えだした。
綺麗に撫であげると、寝癖がつかないよう、慎重に枕へと頭を沈める。
おにいちゃん――近江悠が起こしにくるまで、目を閉じて待つ。
幼い頃は、怖くて怖くて眠れない夜が沢山あった。一時帰宅が近づいたり、親が面会に来たりすると、大抵眠れなくなっていた。
そんな気持ちを、職員達はちっともわかってくれやしない。それどころか、だらしないとか、そんなんだから捨てられるんだとか……酷い陰口を叩いていた。
そんな時、いつも悠が守ってくれた。
ギリギリまで、寝かしてくれた。悠が起こしに来るまで、由宇は眠っていられた。
目が覚めて、一番に悠に会えると思うと、明日が待ち遠しくなった。
だから、今でも由宇は待ち続ける。悠が起こしてくれるのを。
――大好きだから。
いつまでもいつまでも、待ち続ける。