第14話 歪んだ正義感

文字数 1,909文字

 混沌とした現状をどうしようかと翼が口にするまでもなく、警察の面々が姿を現した。
 これは事情聴取なるものを受けなければならないのかと怯えていると、凛からアドバイス。

「もしなにか聞かれたら、黙秘すればいい」
「本当に、それで大丈夫なのか?」
「あんたにはなにも聞かないよう頼んではいるけど、間に合わない可能性もあるから」
 
 もっと聞きたかったが、怪我をしている翼は病院へ行かなければならなかった。不良たちの暴力から、傘が馬鹿みたいに頑丈だったおかげで負う羽目になった損傷。
 
 救急車の中から診察室に至るまで、翼は嘘を並び立てる。
 現状は痛みも疲労も感じないものの、明日以降はそうはいかないからだ。
 
 本日、自分が受けた暴行の数々を思い返し、明日に備えた治療を受けながら、翼は痛み止めが沢山貰えるように言葉を操る。
 
 翼が痛い目にあうのは、明日からだった。


 治療が終わるなり帰っていいと言われ、翼は困ってしまう。
 家には救急車に乗る前に前回と同じ言い訳で連絡をしていたが、治療の痕跡がある以上、通用するとは思えない。
 診察室を出ると、見知らぬ男性が親し気に寄って来た。

「大変な目にあったね。羽田翼君」
「えぇ……まぁ」
 
 私服だが状況的に考えて、
「警察の人ですか?」
「あぁ、警視庁の手塚だ」
 警察手帳を提示されるも、本物かどうかを判断する術が翼にはなかった。

「少しいいかな?」
 
 助言通り、翼は沈黙。

「黙秘、か。鈴宮凛の教えかい?」
 
 いきなり図星を衝かれて、翼はつい反応してしまう。

「えっ? あっ、はい……」
「正直者だね」
「別にそんなんじゃ」
 
 反射的に言い訳をしようとすると、

「キミみたいな人間は、ASH(アッシュ)なんかに関わらないほうがいい」
 
 冷たく、捻じ込まれた。
 今までと、まったく違う音色。

「歪んだ正義感を植え付けられる前に、鈴宮凛とは縁を切ることをお勧めする」
 
 鋭利な刃を突きつけられているかのように、息が詰まる。
 翼は意識せず、黙秘を選択させられていた。

「――超能力とは異なった超能力」
 
 凛以外にその言葉を聞かされると、どうも心地が悪い。

「それを本当に活かせる場所は、ASHなんかじゃなくて――」
 
 滑らかな弁舌が、
「――手塚」
 重たい呼びかけに断ち切られる。

「……これは珍しい」
 
 言葉とは裏腹に、手塚の表情は動いていなかった。

「凛の友人をたぶらかすのは、やめて貰おうか」
「……友人ですか?」
「私の認識ではそうだ。おまえは誤解しているようだが、彼はASH信者(アシュアン)ではない」
 
 そう断ずるのは、ASHのボス。
 一度会っているものの、今の発言がなければ翼には誰だかわからなかった。
 それほど、彼の容姿は平々凡々としている。

「それはおかしな話ですね。彼の事情聴取を免除するよう働きかけておいて、アシュアンではないなんて」
「今回の件は、こちらが巻き込んだものだからな。それで前途ある若者の未来に傷をつけるわけにはいかないだろう?」
 
 不穏な空気。
 ヤバい大人なんかよりもこの二人はよっぽどヤバい、と翼の脳髄が警鐘を鳴らす。
 どちらも、表情らしい表情がないのだ。そのくせ、声だけは抑揚に富んでいるものだから、見ていて気味が悪い。

「前途ある若者を誑かしていながら、よく言えますね」
「それも誤解だな」
 
 柳に風と言った具合に、ASHのボスは受け流す。

「一応、警察官であるおまえならわかるだろ? 正義の味方に憧れる気持ちが」
「……馬鹿馬鹿しい」
 
 答えず、手塚は姿を消した。
 足音からして、ご立腹の様子。

「えーと、あの人って警察官ですよね?」
 
 腑に落ちないやり取りが多かったので、翼は聞いてみる。

「一応そうだが。きみが思っているような警察官ではない」
「それって、公安ですか?」
 
 日本国家の体制維持を目標とした組織。
 すなわち、左翼や右翼といった政治的団体や、テロや諜報員などの政治的犯罪を取り締まる。
 新興宗教――正確にはカルト――もその管轄とされている。

「きみは知らないほうがいい」
「――じゃぁっ! 今回の件だけでいいんで教えてください!」
 
 このままでは埒があかないと、翼は踏み込む。

「なにがどうなっていたのか……。結局、俺は巻き込まれただけなんですか?」
 
 ASHのボスは少しだけ考える素振りを見せてから、

「コーヒーでも奢ろう」

 ただの高校生の要望に応じてくれた。
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登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

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