第39話 すべては日本国家の安寧の為に
文字数 2,925文字
遅れて、翼も続く。
「なんの用?」
気だるげに、凛が投げかける。
「お互いに、情報交換でもどうかと思いまして」
「時間稼ぎ、だろ?」
でなければ、この状況下で姿を現すはずがない。
「羽田翼君。結局、きみはASHを選んだのか」
言われて、翼は思い出す。
公安からも、アプローチをかけられていたことを。
「そりゃ子供に復讐心を焚き付けて、人を殺させるような奴らと一緒は嫌だね」
「それは、誤解じゃないか?」
「あぁ、誤解であってほしいね」
しばらくにらみ合うも、
「悪いとは思っている。けど、日本の未来の為に必要なことだった」
手塚は両手を小さくあげて、いけしゃぁしゃぁと口にした。
「異能力者を管理する為に彼方さんの異能力がどうしても欲しかった。だけど、彼方さんが首を縦に振ってくれないから――」
今回の件に乗り出した、と悪ぶれもせずに言い訳する。
「話になんねぇな」
状況からして、近江悠や茅野由宇の拉致をASHの所為にするつもりだったことが窺える。
嵌められかけたのは、彼方だけではない。
思い返してみると、選択を一つ間違えただけでもそうなる恐れがあった。
殴りたくなるも、翼は必死で堪える。
が、凛は違った。
「――蹴り飛ばせ!」
一歩踏み出したと思ったら、跳躍し――手塚の顔面を蹴り飛ばした。
「おぃ、凛っ! こいつに怪我させたら」
「ノープロブレム。手塚だって、ここの病院や警察のお世話になるのは嫌でしょ?」
「えぇ、ごめんこうむります」
普段なら公務執行妨害で連行される行為だが、今回は許されるようだ。
「ですが、東京に戻っても残るような怪我をさせられれば話は別です」
それなら先に殴っておけばよかったと、翼は後悔する。
「お電話はもう、よろしいんですか? 彼方さん」
起きたのか、初葉も一緒に歩いていた。
「あぁ、問題ない」
彼方はそう言って、眠そうに目をこすっていた初葉を軽く、翼へと押しやった。
それだけで、翼は結果を悟る。
「で、ハルカはどうしてる?」
「安静できる場所に運んでいる途中です。この辺りには、大きな精神病棟がありませんでしたので」
「精神病棟?」
「あれはしばらく隔離が必要です。少なくとも、自身の異能力を制御できるようになるまでは」
状況を理解できていないのか、初葉の視線は忙しなく動き回っていた。
「そうか。なら、私をそこに連れていけ」
「……かなちゃん?」
初葉の呼びかけを無視して、彼方は自分の意思を告げる。
「ハルカをおまえらに任せてはおけない。だから、私も付いていく」
「本当によろしいのですか?」
「職場のことを任せていいなら、今すぐにでも構わないさ」
「問題ないです。茅野由宇に関しても、優秀なカウンセラーを用意することを約束します」
「かなちゃんっ!」
駆けだそうとした初葉の腕を、翼が掴む。
「わかってやれ、嬢ちゃん」
近江悠を見捨てると決めた翼には、彼方の決断を止める資格はなかった。
「俺たちじゃ、救えねぇんだ」
翼も初葉も、人を殺した人間にかける言葉を知らない。
まだ、罪を赦せるほど大人じゃないのだ。
「それで、朱音初葉はASHに任せるんですか?」
位置関係から、手塚も悟ったようだ。
「あぁ、ASHのボスと話した結果、あんたらよりはマシだと判断した」
「まぁ、いいでしょう。その辺りのことは、私の管轄外ですので」
上が勝手に決めればいい、と手塚は他人事のように漏らす。
「結局、あんたの役目は私を公安に戻すことだったの?」
「えぇ、彼方さんが自主的に戻ると宣言した時点で、私の〝作業〟は終わりです」
「その為だけに――?」
「重要なことです。もし、過激派やテロリストに異能力者がいたらどうするんですか?」
本気でそう思っているのか、手塚の言葉には珍しく熱が入っていた。
「ASHを〝視ている〟内に思い知りました。もし、異能力者が凶悪犯罪を起こしたら、警察は必ず痛い目に遭うと」
たとえば、鈴宮凛は自分に暗示をかけられる。
だとすれば、完璧なスパイだけでなく、凶悪なテロの実行犯にもなれる。
「彼女なら、間違いなく核ミサイルのスイッチを押せます。躊躇いも躊躇もなく、やらなければならないことをできる」
そして、良心の呵責に苛まれることもない。
「羽田翼にしても――」
数日に渡って、寝ることも食べることもしないで元気でいられる。監視などの、隠密作業には持ってこいの人材。
「たとえ、銃で撃たれたとしても平気で動けるのですから」
日本では、犯人の殺害許可はそう簡単には下りない。
だから、発砲許可が出たとしても、急所には撃たず、腕や足などが狙われる。
「常識的には無力化される怪我を負っても、彼は動けます。それは彼の異常性によるものですが、世間は警察の判断が間違っていたと断ずるでしょう」
異能力の多くはパラノイアと切って捨てられる。勘違い、錯覚、思い込みと言われれば、納得できてしまう。
テレビなどの電波を介せば、まったくもって伝わらない代物でしかない。
「それでも、朱音初葉がいれば一部は納得させることができたはず。だから、私個人としては彼女も欲しかった」
近江悠では、それができない。
面と向かって向き合わない限り、その異常性を感じることすらできないから――
「近江悠の異能力は強力ではありますが、些か説得力に欠けます。直接相対した私ですら、勘違いだと言われてしまえば、わからなくなるくらいですから」
彼方も同感だった。思い返してみると、なにかの勘違いではないかと思えてくる。
「だから、日本の未来の為に彼方さんの力が必要なんです。異能力を『感知』する力があれば、我々が後れを取ることはありません」
相変わらずの選民意識――我々公安こそが、日本を守っている。
いつか来るかもしれないもしもの為だけに手塚は、父は、公安は――今回の件に乗り出した。
「もういい。早く、行こう」
かつては、自分もそうであったのに彼方には思い出せないでいた。
それでも、手塚の言い分がわからなくもないのだ。
「なに、それ……酷い」
初葉みたいに悲しめない。
「……呆れる」
凛みたいに絶句することもない。
「ざけんなよ……っ!」
翼みたいに怒れもしない。
仕方ないと納得しかけている自分に、彼方は驚いていた。手塚はどうしようもない子供を見る目で三人を眺めて、
「えぇ、行きましょう」
相手にするだけ無駄だと言わんばかりに、無視した。
「車を呼びますの……」
言い切る前にバイブレーション。
「失礼」
手塚はそう断って、電話に耳を当て――
「――なにっ!? 落ちただと?」
またしても、イレギュラーな事態が起きたことを暴露した。