第43話 羽田翼の選択
文字数 1,928文字
かれこれ一カ月。
その間、色々なことがあった。
馬鹿なのかわざとなのか、両親がいる時に凛が見舞いに来たものだから、大変だった。
家族からすれば、自分が変わったように見えるらしい。
――洗脳されている、と。
凛は両親の罵詈雑言を黙って受けていた。らしくないと言ってやりたかったが、結局、翼の元までやってこなかった。
毎日、寝ることしかやることがない。
ASHが金を出してくれたので、個室。いつものように目覚め、殺風景な光景に迎えられると思ったら――見慣れた女が覗き込んでいた。
「おはよう」
双葉だ。
「ねぇ、おはよう」
「……あぁ、おはよう」
そういえば、同じ病院だった。
「調子はどう? ツン」
傍には凛の姿。
「見舞いに来て、くれたのか?」
「いや、そのコがどうしてもって言うからさ」
なにが面白いのやら、双葉はじーと翼の顔を見ていた。
そして、「ごめん」急な謝罪を口にする。
「なんだ、急に?」
「私、あなたのこと知っている気がしたんだけど……やっぱり、思い出せない」
「……そうか」
案の定、双葉は記憶を失っていた。以前と同じ、全生活史健忘。自分の名前すらも忘れてしまっていた。
「それじゃぁ、戻ろうか?」
凛の言葉に、「はーい」双葉は素直に従う。
まるで、素直な妹分だ。
「じゃぁな、ツン」
らしくない声音に、翼はねじ込む。
「――凛、忘れんなよ。俺のこと」
凛はポーカーフェイスを崩さない。
「ASHに入ったのはおまえの所為だけど、今回のことはおまえの所為じゃないからな」
「あんたには、家族がいる」
「だから、なんだ?」
「大事にしなさい。いい家族じゃない」
「ざけんなっ!」
吠えると、
「病院では静かにしましょう」
状況をわかってかいないでか、双葉が注意をしてきた。
「それにツン兄は安静にしない……と?」
ツン兄? 双葉は自分の発言に自分で困っていた。
「……ツン兄?」
指を指されたので、
「あぁ、それでいい」
翼は肯定しておく。
「じゃぁ……凛姉?」
「……悪かないけど」
無邪気な視線に負けてか、凛も許可した。
「ツン兄と凛姉」
双葉が入る前で不毛な言い合いをすべきでないと、二人は口を噤む。
「この話はまた今度で」
「またはねぇよ。凛、俺はアシュアンだ。誰がなんと言おうとな」
返事はなかったが、否定もされなかった。
どちらにせよ、忘れても思い出させる。自分にとって、凛は忘れられない存在だ。
――俺を変えたのはおまえだ、馬鹿野郎!
三月、高校の卒業式。
翼は誰とも話さないで家に帰った。理由は至極簡単、系列の大学に進まなかったのだ。
更には宗教に入っていることも知られた所為か、誰もが距離を置いていた。
「――さてと」
家に帰っても、沈黙。
翼は一人で、荷造りを再開する。
「……おにいちゃん」
「どうした? 珍しい」
いつぶりだろうか、妹からそんな風に呼ばれるのは。
「ねぇ、ほんとうに出ていくの?」
「あぁ、行きたい大学があるんでな」
翼は進路を変えた。心理学を本気で学ぶ為に、一年間、浪人することにした。
住み家はありがたいことに、ASHが用意してくれる。
「ほんとうに、それが理由なの?」
「んだよ? てめーまで、俺が洗脳されているとか言い出すのか?」
まったくもって鬱陶しい。
「だって……」
確かに見た目は変わった。あの時のチャラい風貌に。別段、気に入った訳ではない。
ただ、双葉が思い出すきっかけになればいいと思っただけだ。
「安心しろ。俺は俺だ。まっ、なんだ。遅過ぎる反抗期と思ってくれればいい」
妹に当たっても仕方ないと、翼は適当にはぐらかす。
「あと、俺と兄妹の縁を切りたかったら勝手にしていいぞ」
「――なんでっ! なんでそんな酷いこと言うの! 私、そんなこと一言もいってないのに!」
言い捨て、妹は走って行ってしまった。
「はぁ……。ちょっと、余裕がないだけなんだよ」
翼は自分に言い訳する。
近江悠と秋月彼方の件は、それほどまでにショックだった。
今でも、思わずにはいられない。
あの時、一緒に行けばよかった。
せめて、見届けていれば……あんなことにはならなかった。
「――しっかりしないとな」
翼は頬を叩いて、気合を入れる。
自分が腑抜けたままだと、凛も双葉も気に病んでしまう。
「男は辛いね~」