第41話 自分を死ぬほど追いつめた末路
文字数 2,491文字
翼は力説する。成長期の自分から、体力や治癒力を借りたことが発育不良の原因だと。
「ふーん。やっぱ、みんなリスクがあるんだ」
「嬢ちゃんほど、重い奴はそういないだろうがな」
獣道を二人は当てもなく彷徨う。
「私ね、この力が好きじゃない。だって、誰も助けられなかったんだもん。パパもママもおねえちゃんも死んだってことは、そういうことでしょう?」
なんとなく、翼は悟る。
だからこそ、目覚めたのではないのかと。
初葉はどうしようもない理不尽に襲われ、家族を奪われたことを全て――自分が悪いと思い込んでしまった。
「そもそも、あたしってグズでのろまだった、気がする。いっつもおねえちゃんにべったりで。おねえちゃんね、なんでもできて凄かったからさ……私の憧れだったんだ」
声のトーンからして、限界が近いのだろう。いつ眠ってもおかしくない。下手をすると、記憶にも障害が残る可能性もある。
「でも、いまの嬢ちゃんはそんなんじゃないだろ?」
「……どうだろ? 少しはマシになっているとは思うけど……やっぱり、おねえちゃんにはなれないよ」
ふらふらと揺れ出したので、翼は手を伸ばす。
頭を掴み、身体を引き寄せてやる。
「……ほら。いまだって、だらしない……」
「んなこといいから、しっかりしろ」
ある意味、これでいい。このまま、悠に会わないままのほうが傷つかないで済む。
「――しっかりしろ。これね、毎日のように言われてたな……双葉はもっと、しっかりしなさいって」
「双葉ってのは、嬢ちゃんのことか?」
「うん。あたし、双葉。だって、初葉はおねえちゃんだから、あたしは妹ってことだよね?」
問題を解いたみたいに、初葉は笑う。
「……あたしは双葉。もう、誰も呼んでくれないけど、それがあたしの本当の名前だと思う」
「だから、しっかしろよ――双葉」
勢いで呼んでやると、初葉――いや、双葉は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。そういえば、あたしまだ、名前聞いてない」
本気なのか、双葉は「ねぇ、教えて」と真面目な顔で訊いてきた。
「……俺の名前は羽田翼だ。親しい奴らは、ツンって呼ぶよ」
「じゃぁ……ツンにい、でいいや」
妹のツンちゃん呼びよりはマシだと、
「あぁ、どうぞ」
翼は了承する。
「ツン兄……ごめん」
――なにが?
声に出す前に翼は地面に転がる。突き飛ばされた。気付いた時には遅い。双葉はとんでもない速度で走っていく。
「――おぃっ!」
節約してられるかと、翼は一気に全快させる。
走り、走り……泣き声が聞こえた。
人の泣き声――そうか、聴力もまともじゃないのか。
どれだけ強く踏み込んでいるのか、双葉の足跡はしっかりと地面に残っていた。
「はぁはぁ――!」
見つけた。
双葉と……近江悠。二人は重なり合い――
「――てめぇっなにしてやがる!」
翼はキレて、容赦なく傘を振るう。
悠はあろうことか、双葉にのしかかって首を絞めていた。
「おぃっ! 大丈夫か?」
「……ごめん、ごめんなさい。はつ、はおねえちゃん……ごめん」
――そうか。そうか、もう……。
忘れて、しまいそうだったのだ。
だから、急いでいたんだ。それなのに――こいつは!
「やっぱ、救えねぇよおまえ」
悠の事情を、翼は知らない。
なにに追い詰められ、こんな風になってしまったのか。
「ころさなきゃころさなきゃみんなみんなころさなきゃ。わすれたらだめだわすれちゃだめころさなきゃころさなきゃわすれずにころさなきゃ……」
完全に精神が壊れている。
きっともう、誰の為に、誰を殺さなきゃいけないのかもわかっていない。
――自分を死ぬほど追いつめた結果が……これか。
双葉を背負い、翼は去る。
闇雲に歩いていたが正解だったのか、それとも見つけてくれたのか彼方と出くわした。
「……大丈夫か?」
開口一番で、自分の心配をされてしまった。余程、酷い顔をしていたのだろう。
「とりあえず、双葉が無事だったから大丈夫だ」
「……双葉?」
「あぁ、こいつの名前は双葉だそうだ」
「そうか……妹のほうだったのか」
彼方は簡単に教えてくれた。
双葉は震災事故の被害者だと。色々な物が壊れて、死んで、記憶も失くしていたから戸籍にあやふやなところがあったと。
「だから、おねちゃんと呼ばれるのが嫌だったんだな」
「じゃぁ、こいつの年齢って?」
「年齢は同じさ。いわゆる、同級生姉妹だ」
誕生日は違うが、さすがに憶えてはいないらしい。
「それでハルカは?」
「――あいつはもう、救えねぇよ」
翼は感情的に吐き捨てる。
「あいつは双葉を殺そうとした」
「……そうか」
彼方は疑わなかった。翼の言葉を信じた。
「なら、叱ってやらないといけないな」
それなのにまだ、救う気でいた。
「わかんねぇよ、俺には……。あんな奴を救う必要が、本当にあんのか?」
「子供を殺した私が子供を見捨てる訳にはいかない。罪ってのはね、消えないんだ。それでも、他の誰かを救えば、少なくとも生きていていいんだって思える」
「なんだよ、それ。つまり、誰かを救ってなきゃ、彼方さんには生きる価値がないってのか?」
「かもしれないな」
気負いもなく、彼方は言った。
「双葉を頼んだよ、羽田翼君。ASHでなくて、きみに頼みたい」
「あぁ、任せとけ。嬢ちゃんを救えなかったら、今日ここに――俺が来た、意味がないからな」
翼は無理に笑って、別れた。きっと、彼方の笑みは心からのものだった。
「くそっ! 弱いな、俺……」
誰も見ていないからと、翼は涙を流す。
そして、覚悟を決める。
これから先、全力をかけて双葉を守ると。
もう二度と、口先だけでは終わらせないと心から誓った。