第2話 翼と凜

文字数 2,315文字

 きっと、頑張ればなんにだってなれるだろう。
 それは、中高生にありがちな根拠のない全能感。
 無知ゆえの自信。
 視野の狭さからくる、自分だけが知っているという錯覚。
 対人関係の希薄さが招く悲劇。
 
 しかしながら、羽田翼は確信していた。

 ――自分は頑張りさえすれば、なんにだってなれると。

 けど、現実はどうだ。
 翼はぶざまに地面に座り込んでいる始末。
 見下ろす顔は自分と同年代だろうが、系統は違う。凝った私立の制服に身を包む自分と、カラフルなシャツに学ランの袖を通した不良。

「おぃっ、聞いてのんのか?」
 
 ぼんやりしていると、怒声が響いた。うるさい。心の中に留めたつもりだったが、蹴りがとんできた。
 
 絡まれた経緯は憶えていない。
 
 ただ、ツラを貸せと言われ、笑ってしまったのが原因の一つ。それであっという間に囲まれ、路地裏に連れ込まれてしまった。

「おまえ、俺たちのこと馬鹿にしてんだろ?」
 
 日は暮れていないにもかかわらず、辺りに人の気配はほとんどなかった。
 まったくの無人ではないが、この状況に興味を示す人物はいない。誰もが一目見て、素通りしていく。見て見ぬふりですらない。
 
 本当に興味がないのだろう。
 
 翼だってそうだ。
 自分の置かれている状況に、まったくもって興味が抱けない。

「謝れよ! 土下座して、詫びろっ!」
 
 土下座を求める人間なんて本当にいるんだなぁ、と悠長なことを思いながら翼は頭を下げる。

「ごめんなさい」
 
 言われたとおりにした途端、蹴りがとんできた。
 
 ――え、なんで? つーか、俺にどうしろと? 
 
 もはや、どうでもいい気分で翼はアスファルトに転がる。

 ――これなら、電車を待っていればよかった。
 
 翼はつまらない後悔をしながら、このまま死んだふりをしていようと決めた。
 経験上、ぴくりともしなかったらこの手の奴らは勝手に逃げ出す。
 
 そう思っていると、
「――真空飛び膝蹴り!」
 場違いな声が耳に響いた。
 
 気になって体を起こすと、視界で赤色が閃めく。
 一瞬、自分の目がどうかしてしまったのかと不安を覚えるも、すぐさま理由に気づいて胸を撫で下ろす。
 
 ――真っ赤な長い髪、女だ。
 
 それも変な女。次々と技名を口にして、大立ち回りを演じている。真空飛び膝蹴りから始まって、後ろ回し蹴りに肘打ち。
 翼が立ち上がった時には、不良たちは地面に伏していた。

「えーと、どうも、です」
 
 助けて貰ったようなので頭を下げる。
 と、赤髪の女が訝しげに瞳を細めた。

「あんた、随分と余裕じゃない」
「はい? な――っ!?」
 
 なにが? と、質問する前に蹴りが放たれた。女のブーツが鳩尾に食い込み、膝を付く。

「……なっ、なに……しやがるっ!?」
 
 いきなりの暴力に、翼は声を荒げる。
 
 対して、女は余裕な態度。口笛まで吹いて、
「へ~」
 上機嫌な様子で、まじまじと翼を眺めていた。
 
 翼は立ち上がり、お返しじゃないが相手を観察。黒のブーツからデニムを辿って、女の背の高さに打ちのめされる。
 間違いなく、自分よりも高い。
 一七〇オーバー……か、男物のレザージャケットを違和感なく着こなしていた。
 
 ――どうして、こうも最近の女はでかいのか。
 
 苛立ち混じりに盛り上がった胸をガン見していると、
「私の名前は鈴宮凛」
 いきなりの自己紹介。

 女は名乗るなり、
「ちょい、待ち」
 背負っていた無骨なナップサックを漁りだし、差し出した。

「これが名刺」
 
 こいつは怪しい、と翼は警戒態勢を取る。知らない人間からの自己開示には、裏が付きものだ。
 
 なにか面倒なことを押し付けられるか、巻き込まれるか。
 
 恐る恐る名刺を受け取り、記されている組織名に案の定――いや、予想の上をいかれた。
 詐欺や風俗の誘いから、バンドやデモの勧誘まで色々想像はしていたものの、さすがにこれはなかった。
 
 ――宗教法人ASH。アッシャー・鈴宮 凛。

「アッシャー……?」
 
 位置的に肩書きなのだろうが、意味がわからない。
 
 伝わったのか、
「私たちが掲げる、奇蹟の担い手のことよ」
 凛が説明してくれた。
 
 が、翼の不安は晴れるどころか増していく。

「その、見た目でか?」
「見た目は関係ないっしょ」
 急
 に砕けた口調で凛は笑ったと思いきや、転調。

「超能力とは異なった超能力をお持ちの方へ」

 芝居かかった台詞と動作で一礼をしてみせた。

「ようこそ、ASHへ。私たちはあなたを歓迎します」

 言葉の意味を考えるまでもなく、翼は逃げ出していた。自分でも驚くほど機敏に動き、走り出す。

「ちょっと待ってよ。話くらい、聞いてくれたっていいじゃな~い」
 
 世間体を気にしてか、追いかけてくる凛の声は甘かった。

「さっき、助けてあげたじゃない。そのお礼だと思って、さっ」
「誰も頼んでない! そんなのは押し付け販売と一緒だ! クーリングオフを希望する」
 
 全速力で飛ばしながら、翼は言葉を返す。

「ははっ、あんた面白いね。名前、なんて、言うの?」
 
 しつこく、凛は追いすがっていた。

「教えるわけないだろ!」
「えーっ……ケチぃ……っ」
 
 すらすらと滑り出す翼と違って、凛の声は途切れ途切れになっていた。
 
 そろそろ、決着が付く頃間だろう。
 
 予想通り、それから一分と経たない内に翼は逃げ切った。
 息一つ、乱さずに――
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登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

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