第7話 覚醒の心当たり
文字数 1,883文字
それが関係ない道で止まったので、
「どうしたんだ?」
翼は投げかける。
「んー、ごめん。ちょっと、待ってて」
凛は窓の外を見て、溜息。車を歩道に近づけ停止するなり、鍵をさしたまま飛び出す。
「おいっ、ちょっと待てよ!」
鍵がささった車を放置はできず、翼は助手席から目をこらす。
と、彼女が向かって行く先に子供らしい人影が幾つか見受けられた。
「マジかよ?」
思いきや、凛はその影に飛び蹴りを放った。
大きさからして、相手は小学生か中学生。だというのに、容赦は微塵も見当たらない。
「反省しろとは言わない。けど、覚悟はしておけ――」
低い脅し文句。
それを皮切りにBGMが悲鳴に変わり、凛が車に戻って来た。
「おまたー」
「あのガキどもは、なにをしてたんだ?」
「イジメ」
「この距離でよくわかったな」
「見慣れてるから。なんとなく、影の動きとかでわかんの」
嫌そうに零しながら、凛はアクセルを踏んだ。
「しかし、ガキ相手でも容赦しないんだな」
「ガキだからよ。ガキなら、一度痛い目にあえば自重できる」
彼女の言う通り、今のを運が悪かっただけだと判断できる子供は少ないだろう。たいていは因果応報と捉え、人目の付くところでは自重するようになる。
「けど、影でのイジメが悪化する可能性はあるだろ?」
「そこまでは知ったこっちゃない。それに関わりすぎると、別の意味でイジメられるから」
「あー、そりゃそうだ」
相手に謎の宗教団体の影が見えれば、大半の人間は距離を置くに決まっている。
「本当は、なんとかしてあげたいんだけど」
「子供、好きなのか?」
やけに熱が入っていたので、翼は訊いてみた。
他愛無い、世間話のつもりだった。
「そんなんじゃない」
それが案に相違して、彼女を強く刺激してしまった。
「小学生の頃、見捨てたことがあるの。イジメられてた子を」
唐突な告白に翼は相槌も打てずにいたが、
「その子がバイ菌扱いされて、雑巾とかゴミとか投げつけられているのを……私は見ていることしかできなかった」
最初から求めていなかったのか、凛は勝手に話を進める。
「――怖かった。助けに入ったら、次は私があんな風にイジメられるんじゃないかって。だから、私は動けなかった」
気持ちはわからなくはないが、それを口に出すのは躊躇われた。
空気が重い。
凛は明らかに感情的になっている。
「心の中では動け、動けって命令してたんだけどね。その時の私には、そんな力はなかったから……」
嘲るように笑ったと思ったら、
「そしたらその子、死んじゃったんだ。帰り道で車にはねられて」
声調が変わった。
そして話も――いや、違う。
「それを、私は自分の所為だって思った」
――いや、それは関係ないだろ。
気持ちは言葉にならず、翼はただ聞かされる。
「イジメた人間ですら、自分たちは関係ないって思っていたのに。まぁ、実際そうだよ。その子が死んだのは運が悪かっただけ。しかも、運転手はお酒を飲んでいたか、居眠りしてたらしいから、普通に考えて悪いのはその運転手だけ」
彼女を除いて誰一人、イジメと事故を結び付けて考えてなかった。
「だけど、私は自分の所為としか思えなかった。あの時、自分が動けなかったから――あの子は死んでしまったんだって」
どうか、このまま話が終って欲しいと翼は願う。
だけど叶わず、凛は恐れていた質問をしてきた。
「ねぇ、あんたにもあるんじゃない? 似たようなことが」
覚悟していても、心臓は震えあがった。
「どうしようもない理不尽に襲われただけなのに、世界や他人ではなく」
――違う。
「ただ、自分自身を責め抜いたこと」
――そうじゃない。俺は見捨てた。
「それは仕方のないことだったのに。誰にも、どうすることもできなかったのに……」
――俺は卑怯で臆病な子供だった。
「全てを、自分で抱え込んでしまった」
哀しげな音色に合わせたように、
「ねぇよ……そんなの」
翼の声は震えていた。
「俺のは……理不尽なんかじゃなかった」
「そっ」
静かな相槌。
凛はなんの詮索もしてこなかった。
ここぞとばかりに、追及されると思っていた翼は拍子抜け。腑に落ちず、窓の外に目をやると、いつの間にか見慣れた景色が広がっていた。