第10話 前借り

文字数 1,125文字

 凛の昔話を聞いて、翼には思い当たる節があった。
 
 ――幼い頃、小学生になる前だ。
 発作を起こした祖母を見捨てた。
  
 正確には、それが発作だとわからず怖くなったのだ。
 壁によりかかって、不規則に痙攣する姿。それでも助けを求めてか、祖母の瞳は翼を見ていた。
 
 その目が怖くて、翼は逃げ出してしまった。
 
 けど、途中で気付く。
 自分の罪に。
 そして責める、自分の行動を。
 それなら、どれだけよかったか……!
 
 ――俺は言い訳をした。
 
 怖くて怖くて、自分ではどうしようもできなくて……いつの間にか、自分は逃げたんじゃなくて、助けを呼びに行っているんだと思い込むようになっていた。
 
 ――そう、俺は自分で自分を誤魔化した。
 
 逃げた自分をなかったことにしたくて、自分の行動を嘘で塗り替えた。
 今でも、憶えている。
 勝手なお願い、子供の戯言。
 
 ――明日走れなくなってもいいから、もっと走らせて!
 
 そうやって、幼い翼は働いている祖父の元まで走り続けた。
 でも、遅かった。
 祖父と一緒に祖母の元に駆け付けた時にはもう、息をしていなかった。
 
 無知で幼い子供の罪、翼はそれを祖父にだけ話した。
 けどそれすらも、恐怖に駆られた結果に過ぎなかった。
 
 翌日、翼は願った通りに走れなくなっていた。
 
 常に息切れして、怠い。
 情けないことにそれだけで死んでしまうと、罰が当たったのだと思い込んでぺらぺらと懺悔したのだ。
 
 祖父は怒らなかった。
 
 ただ、これを二人だけの秘密と約束した。
 その誓いの元、翼は力を隠して生きてきた。
 祖父に言われたから――ヒーローってのは力を隠すものだと。
 滅多なことでは、使ってはいけない。
 いざって時に取っておいて、それでじいちゃんを救ってくれと。
 
 ――なのに、翼はその祖父すら救えなかった。
 
 中学生になっていたのに無力だった。
 まともな診断も応急処置もできず、救急車なんていらないと言った祖父の戯言を真に受けて死なせてしまった。
 
 ヤバいと気づいた時には、もう遅い。
 満足な電話対応もできず、相手にキレて、自分で背負って……走っている途中で祖父は死んでしまった。
 
 ――馬鹿だ、馬鹿だ、俺は馬鹿だ!
 
 『前借り』と名付けたモノは、自分が全力でいられるだけでしかなかった。
 今まで温存していたモノは『能力』でも『力』でもなかったのだ。
 
 それを思い知って以来、翼は『前借り』の行使になんの制限も設けなくなった。
 二度と思い上がらないように、下らないことにしか使わないようにしていた。
 
 そのはずなのに――
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登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

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