第27話 最後の団らん

文字数 2,580文字

 ここ数日、近江悠は寝不足だった。昼夜を問わず、迷惑なバイクがグループホームの周辺を走り回っている所為だ。
 集団暴走は一夜限りだったが、あれ以来、悠の車恐怖症は深刻に加速してしまった。
 
 理由はわからない。
 
 思い出そうとすると、必ずといっていいほど発作に見舞われるので、悠は考えないようにしていた。
 勉強も捗らず、溜息を零す。図書館が開いていればいいものの、しばらくはお休み。
 
 このまま自室にいても神経が持たないので、今日は外出することにした。
 
 朝食の際にその旨を伝えると、
「なら、一緒に初詣行こっ!」
 由宇が嬉しそうに誘ってきた。

「別にいいけど」
 
 一人でぶらぶらするよりはマシだろうと、悠は承諾する。

「人、凄いんですよね?」
 
 一月一日に、一人で行ったという彼方に尋ねる。

「あぁ、凄かった。石段を上る気にすらならなかった」
「……人混み、嫌いなんだけど」
 
 疲れた様子で、初葉がぼやく。
 ここ数日、自分に劣らず初葉も疲労していた。
 彼方も頭痛が酷いのか、よく頭を押さえている。

「えー、たまにはいいじゃん。それに今日はあのアイドルも来てるんだよっ!」
 
 由宇だけが元気一杯。誰も聞いていないのに、そのアイドルの話しをする。

「そのアイドルって、なんか変な宗教に入ってんじゃなかった?」
 
 優しさか意地悪か、判断しかねる口調で初葉が話に乗っかった。

「宗教には入ってるけど、変じゃないよっ」
「まー、どうでもいいけど」
 
 ひどーい、と軽い響きの中、彼方は真剣な顔つき――

「悪いけど、片付け頼んじゃっていい?」
 
 急に立ち上がって、そのまま階段を上っていった。

「最近、かなちゃんおかしくない?」
 
 不安な声で、由宇が同意を求めてくる。
 いつもなら、そんなことないと適当な言い訳が浮かぶも、今の悠には無理だった。

「たぶん、おれの所為だと思う……」
 
 無自覚に、由宇を追い詰める発言をしてしまう。

「近江だけの所為じゃない……」
 
 まるで、私も悪いと言わんばかりに初葉も言い添えた。
 
 いつもなら絶対に弱音を吐かない二人が、
「はぁ……」
 溜息を合わす。
 
 年が明けてからというもの、グループホームの空気は日に日に悪くなる一方であった。


 
 彼方はネットを漁って、神社のイベントに出演するアイドルの情報に目を通していた。
 神社のHPを見ると三が日の間、そのアイドルだけでなく、何人かの著名人がやって来ていたようだ。
 出演理由は自分や家族の出身地。穿つ理由はないが、どうしても疑わずにはいられない。
 
 一人一人調べた結果、ASH信者(アシュアン)なのは今日が出番のアイドルだけだった。
 
 偶然か必然か、彼方が『感知』で確かめると、また一人、この街に異能力者が増えていた。

「くそっ!」
 
 手塚の言っていた通り、根本的な解決を図らなければならないのかもしれない。
 ASHの目的にもよるが、彼方は最悪を考慮する。
 現に、施設関係者を金や権力で買われたら、彼方にはどうすることもできやしない。
 
 不幸にも初葉には身寄りがなく、戸籍にも不明瞭の部分が存在するので、付け入る隙は幾らでもあるのだ。
 
 もし、ASHが初葉の異能力を知れば絶対にそうなる。
 大人しいのは、まだ確信を得ていないからに違いない。
 
 だから、嫌がらせのように家の周りをバイクで走っている。
 初葉を誘きだす為に、悠を苦しめている。
 
 どうにかしようにも、この時期の警察は忙しくて、この程度の騒音では相手にしてくれない。
 それに彼方自身、施設の職員という肩書きがある以上、無茶な真似はできなかった。
 
 結局、父を――手塚を信じるしかない。
 
 約束と言えるものではないが、信じるなら今日中に片がつくはず。
 パソコンの電源を落として、彼方が階下に戻ると悠が一人で洗い物をしていた。

「二人は? 押し付けられちゃった?」
 
 気安く声をかけるも、
「最近、迷惑かけてるんで自主的です」
 悠の返答は重かった。

「気にしなさんな。みんな、わかってる。どうしようもないことが、あることくらい」
 
 負のスパイラルに嵌っているのか、悠は作り笑いすらできなくなっていた。
 それでも本人はできているつもりなのか、酷く歪な表情になっている。

「結局、三人とも初詣に行くの?」
「えぇ。由宇の奴が屋台でなにか食べたいみたいなんで、昼前に出る予定です」
「人多いし、最近は色々と物騒だから――はぐれないように気を付けて」
 
 念を押すように彼方は告げるも、
「はい。といっても、おれも初葉も、由宇に振り回されに行くようなものですから」
 伝わらなかったのか、悠はいつもの調子で答える。

「心配、いらないと思います。なんか、初葉の奴も元気ないみたいですから……」
 
 自分のことで手一杯だろうに、そこは気付いていたようだ。

「うん。だから、由宇だけじゃなくて初葉のこともよろしく。今日は、ハルカが守ってあげて」
「……初葉のほうが、強いと思いますけど?」
 
 男として情けない発言ではあるが、間違いでもない。初葉は何度か、悠の目の前で底意地の悪い連中を伸していた。

「ハルカには、必殺技を教えてあげたでしょ?」
「危ないから絶対に使うな、と言われていますけど?」
「そこは臨機応変に。ハルカなら、絶対に使いどころを間違いないと信じているから教えたんだから」
 
 間違っても、初葉には教えられない技。あのコの力でやれば、確実に相手を殺してしまう。

「今日は、初葉のことをか弱い女のコだと思って」
「わかりました。本人には絶対に言いませんけど、今日はそういうつもりで扱います」
「ありがとう、ハルカ」
 
 お礼を述べて、彼方は自分の仕事に取り掛かる。
 明日からは上司もいるし、年少組の子供たちも帰って来るので、やっておかなければならない雑務が沢山あった。
 それが終われば、今度は彼方が正月休み。特に予定は入れてなかったけど、父親に会おうかと考えていた。
 
 ――最悪に備えて、色々と話し合わなければならないと。
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登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

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