第19話 赤い髪の女
文字数 1,438文字
――やはり、性分ではない。
たとえ今年が大厄であったとしても、死にはしないだろうと人の流れに逆らう。
「――っ!?」
そこで不意の警鐘、彼方の異能力が同類を捉えた。
すぐさま振り返るも、すれ違った人は多くて掴めない。
「……いや、待て。今日は正月だ」
彼方は左のこめかみを押さえながら、自分に言い聞かせる。これは偶然――充分にあり得る事態だと。
それでもあの年賀状が頭をよぎり、無視できなかった。
彼方は周囲を見渡し、邪魔にならない場所に移る。そこで大きく息を吸って、吐く――繰り返し、吸って吐く。
久しぶりに、意識して『感知』を使う。
そうやって、この人混みの中からたった一人の異物を見つけ出す。都合の良いことに、相手の動きは止まっていた。
石段を上り、少し歩けばすぐそこに――
「……女か」
後ろ姿しか見えないが、女は楽しそうに出店の輪投げをしている。
投げる度に「入れろ、入れろ」と大きな声をだして、本当に入れているものだから周囲に人だかりができていた。
「よしっ! あと一つっ!」
声の響き、張り、通りからしてまだ十代だと彼方を推測する。自分の勘と能力が衰えていなければ、そう間違ってはいないはず。
「やりぃっ! パーフェクト」
女は拍手を当然の賛辞と受け止めながら、大量のお菓子をナップサックに詰め込んでいた。
「じゃねっ、おっちゃん。もう来ないから、安心して」
底抜けに明るい声を出して、女は別のお店へと歩き出す。
やっと窺えた女の横顔は、商品になりそうなほど整っていた。
証拠に何人かの男が後ろに続くも、彼らが声をかけるとは彼方には思えなかった。
何故なら、女は人工的に赤い長髪をなびかせていたからだ。
それに加えて、ジーンズに男物のレザージャケット。引き締まった長い脚は魅力的だが、その先には凶器になり得るブーツが待っている。
トドメに推定身長が一七〇を優に超えているとなれば、並みの男では声をかけることもかなわないだろう。
自分も似たようなものだから、彼方にはよくわかった。
服装もそうだ。パンツスタイルに男物のトレンチコート。堂々とした歩き姿で、女の行き先を確かめる。
しかし、女は出店を物色しているだけ。
遠目から窺う限り、賑やかな雰囲気を楽しんでいるようにしか見えなかった。
見慣れない顔だが、帰省しているのなら当然。また、異能力者が必ずしもASHと関係しているわけでもない。
「杞憂だったか」
一応、何処に帰るか確かめるか――過った考えを、彼方は振り払う。
それは染みついた悪癖だった。
かつての仕事では必要とされていたが、今となっては不要なモノ。
せめて盗聴器があればと思うも、すぐさま首を振る。
たとえ道具が揃っていたとしても、今の自分には大義名分がない。
「全ては日本国家の安寧の為に、か」
懐かしい言葉を口ずさんで、彼方は尾行を止めた。
たとえ女がカルトの走狗であったとしても、あのコの周囲に近づかなければ問題ない。
そして、意識して力を行使すれば、この街にいる限り女の居所はわかる。
今はそれだけで充分だと、彼方は今の自分が守るべき子供たちの元へと帰っていった。