第26話 合流、二人のアッシャー
文字数 2,013文字
いつものようにASHを訪れた羽田翼を待っていたのは、非日常的な要請だった。
「――凛を助けに行ってくれないか?」
大事な話があると前置きしてから、ボスは頭を下げてきた。
その頼みを、翼は二つ返事で引き受けた。凛には色々と借りがあったから、返さなければならないと。
「ありがとう」
そう言って、ボスはあれこれと説明をしていき、最後に翼の改造へと乗り出した。
そうして、一月三日。
手提げ袋を一つ持たされた羽田翼は、どう見てもチャラい大学生姿で始発の新幹線に揺られていた。
急な事だったので予約は取れず、乗車率一二〇%の車内で何度も髪に触る。
あちこち跳ねた茶色い髪。ジャラジャラと首や手に巻き付いたシルバーアクセサリー。服装もレザーで、自分で言うのもなんだが、一目で距離を置きたくなる見た目である。
なんでも、テーマは不良カップル。
凛と並んで違和感がないように、翼の容貌は変えられていた。
同時に『朧』を欺く為。この風貌はASHにいた別の人間がしていた恰好――翼と交換したのだ。これで夜までは誤魔化せるはず。
ASHに入信してからというもの、翼は毎日のように入り浸っていた。地下にスポーツジムに似た施設があり、身体を鍛えるのに嵌まってしまったのだ。
「そろそろか」
かれこれ四時間以上、立ったまま揺られていたので翼の疲労は溜まっていた。
凛の相手をするなら『前借り』を使っておきたいが、最悪に備えて我慢する。
東京と違って、一分足らずで駅の外へと出ると――
「……ツン、か?」
赤い髪の女――凛がバイクにもたれるようにして待っていた。
気怠く手をあげると、
「ぷっ……はははっ!」
凛は馬鹿笑いしながら近づいてきた。
「マジかっ! おまえ、ツンかっ! うわー、少し見ない間に変わったな。背も高くなってるみたいだしって、シークレットブーツかっ!」
「ちっげー! ブーツは普通の奴だ普通の!」
「ははっ、ごめんごめん。あっ、そうだあけおめ~」
凛はマイペースというか、ゴーイングマイウェイ。好き勝手に喚いて動くので、相手をするには体力がいる。
「で、これからどうすんだ?」
「ボスから、なんか聞いてる?」
「なんも。凛のフォローをしろって言われただけ」
「とりあえず簡単に言うと、神になり得るアッシャーがいた。んで、『朧』も動いている気配がある」
「具体的な姿は未だ掴めずか」
こちらの杞憂か、それとも『朧』が本気なだけなのか――現在、凛は前者でボスは後者の判断をしている。
「それで、どう動くんだ?」
「こいつで、街中を走り回って誘きだす」
凛はバイクを叩くも、
「……それでどうやって?」
翼は冷静にツッコム。
「たぶんだけど、狙ってるコは正義の味方なんだと思う」
なんでも、暴走行為中に襲われたらしい。
「凄かったよ。いきなり屋根から飛び下りたと思ったら、私に膝蹴りを食らわそうとしたんだから」
ついでに、バイクのキルスイッチを押してエンジンを止めようとした。
「とんでもないな、そりゃ」
最初から論外の行為。屋根から飛び下り、バイクの群れに向かって行くなんてイカレている。
「顔は見たのか?」
「暗かったし、コートのフードも被ってたからさっぱり。けど、たぶん女」
「根拠は?」
「伸びてきた手を叩き落としたんだけど……あの感触は女だと思う」
確認の為だろうが、
「――防げ!」
凛はいきなり翼の手を叩く。
「――いってーなっ! やるならやるって言えよ」
「ごめんごめん。でも、試してみて確信した。やっぱ女だ」
「まっ、確かに女と男の手はだいぶ違うからな」
「だからもし、走行中に怪しい女がいたら教えて」
「そうだ、これ」
翼はボスに持たされた手提げ袋から、無線機を取り出す。
「さっすがボス」
手際よく、凛はヘルメットに装着して手渡してきた。
「先、かぶっといて」
エンジンがかかると、
「聞こえる? 聞こえたら、乗って」
ヘルメットの中から、凛の声。
「……了解」
返答すると、翼は慣れない仕草でバイクに跨がり、手の置き場を考える。
「変なとこ触らないでよ?」
困っているのを知っていながら、凛が茶化してきた。
「だったら、何処掴めばいいか教えやがれっ!」
パンパンッ、と凛が自分の腰を叩く。
「先に言っとくけど、乱暴な運転するから」
恥ずかしがっていると落ちるよ、と脅され翼はしっかりと両手で掴む。
「カーブとか、体勢は私に合わせて」
「あいよ」
「そんじゃ――発進!」
まさかのまさか、凛は『言霊』を使った。
彼女の手足は無駄なく動いて、見る者を圧倒させる速度で走り去っていった。