第34話 相性抜群
文字数 1,649文字
「ったく、なんで出ない?」
電話もメッセージも返答なし。
翼の身になにかあったのかと、内心で焦る。
逃げる女を捕まえられなかったのは痛かった。
運が良いのか優秀なオペレーターがいたのか、女は信号に引っかかることもなく、無駄のない運転で視界から消えていった。
でも、敗因は追いかける前に二人乗りで距離を走っていたこと。
実力では負けていなかったと、凛は強がる。
「だーっ、腹が立つっ!」
完全に煙に巻かれた。
目的地から遠いのは、誘導されたからに他ならない。
つまり、翼のほうが本命を引いた。
疑いようもなく、『朧』は確実に動いている。メッセージを読む限り、標的のアッシャーは無事のようだが……
「なにをやっているんだ、あの馬鹿は!」
明らかに狙われている様子。
それなのに、翼は保護する訳でもなく行動を共にしている。
「罠と知って飛び込むのは、私の役目だろうがっ」
馬鹿正直に相手の策に乗るなんて、らしくない。
それとも、待てない事情があったのか?
短い文面だけでは判断がつかない。
凛の記憶では、目的地はほとんど稼働していない工場地帯。中学時代など、溜まり場として活用していた場所だ。
おかげで、迷うことなく辿り着けた。
いくつかのビルを眺め、見慣れたヘルメットを見つける。窓を数えると四階建て。トラブルがあったのか、一番上の窓が割れていた。
破片を確かめようと近づくと、
「……これは」
翼の携帯と無線のイヤホン。ガラスがまだ綺麗なので、割れてから時間は経っていないと見ていい。
「あの馬鹿、何処行った?」
たとえ、四階から落下したとしても翼なら問題ない。が、痕跡からして落ちてはいない。
「木に、引っかかったか」
普通に落ちたのなら無理だが、跳べば届く位置に大木があった。
なら、翼はまだ廃ビルの中にいる。
おそらく、罠があるだろうが知ったこっちゃないと凛が入り口に戻ると、誰かが出て来た。
青いコートを着た……少年?
「――怯むな!」
目が合った瞬間、凛は怯懦に流されそうになったので『言霊』を行使した。
「……あんた、何者?」
どう見ても、中高生。短い黒い髪。容姿に目を見張る場所はない。
ただ、手とコートの袖口が汚れている。おそらく、人間の血で――それも、一人や二人ではないだろう。
もしそうだとしたら、この少年は確実に人を殺していることになる。
「――殺さなきゃ」
不穏当な台詞を口にしたと思ったら、少年が向かってきた。
「――落ち着け!」
凛は肉体ではなく、精神に強制命令を下す。
そうして、自身の身体能力で少年の腹に蹴りを叩きこんだ。
「……弱っ!」
あっさりと、転がる少年。
だが、すぐさま両手を地面に付き、起き上がる姿勢を見せる。
苦しそうだが、目は死んでいない。相変わらず恐ろしく、今にも人を刺しそうだ。
まるで手負いの野獣。目を離したら――遣られる。
「――怯むな! ――落ち着け!」
『言霊』による自己暗示も、数秒と持たない。
もし、これと遭遇したのなら、翼はきっと死んだふりでやり過ごすだろう。となれば、やはりまだ廃ビルにいる。
「あんた、人の言葉はわかる?」
冗談抜きで、凛は聞いた。返事は獣と雄叫び――そうして、少年は逃げ出した。
「って、逃げんな!」
どう考えても、あの少年はアッシャーだ。しかも、暴走している。放っておく訳にはいかないと、凛は視線をバイクと少年の背中を往復させ――走って追いかけた。
バイクを置いていれば、翼へのメッセージになる。それにあの少年は、バイクで迫ったとしても怯みはしないどころか、平気で飛び込んで来そうだ。
「ったく、誰か私に状況を説明してくれ」