第15話 ヒーロー
文字数 2,655文字
「今回の件で狙われていたのは凛だ。あいつは相手が暴力団だろうがお構いなしに、トラブルには首を突っ込むからな」
それで恨みを買った。
「ただ、その辺りのフォローは私の仕事だから、凛にはしばらく外出を控えさせていた。その間に、こちらで手を打つ予定だったんだが……」
痺れを切らせたのか下っ端が面倒くさがったのか、同じように凛を探していた街の不良共を使い始めた。
「おおかた、どんな手を使ってでもいいから凛を連れてこい、とでも命令したのだろう」
世間知らず。それもこらえ性のない悪ガキたちに半端な指示を出したものだから、たまたま一緒にいただけの羽田翼が人質として狙われる事態に陥ってしまった。
「凛には、
かといって、
「きみが追われていると知った時、不謹慎だが私は好機だと思った」
結果だけを見れば、暴力団関係者が未成年者略取を命じたのだ。その事実があれば、容易く捜査のメスが入れられる。
そうなれば、あちらも凛になど構っている暇なんてない。
なんせ、叩けば埃が出る団体だ。
「きみが言った、ただの高校生という言葉を信じたんだがな」
困ったように呟くものだから、翼は目を伏せた。あれだけやっといて誤魔化せるものでもないだろうに、どうにもバツが悪い。
「蓋を開けてみたら、凛と一緒で滅茶苦茶だ」
普通の高校生なら、もっと少ない人数と短い時間で捕まっていたはず。
それが通常では考えられない時間と人数に追いやられたものだから、誰にも予測が立たなくなってしまった。
「どの辺りで捕まるか。これは意外と重要なことでね」
本来の予定では、もっと穏便な手を使うつもりだったらしい。
「きみが捕まり、不良たちは〝上〟に連絡。すると当然、車をだすことになる。人質を都合の良い場所に連れ去る為に」
その車が通る道に警察官を配置。
「時間と場所が予測できていれば、検問の設置はそう難しくない」
携帯電話の使用、踏切前の一時停止無視、飲酒運転などなど。検問の理由はいくらでもある。
そうすれば、相手は運が悪かっただけだと思い込んだはず。
「けど、いつまで経っても目途が立たない。ようやく捕まったと思ったら、今度は凛の暴走。きみが暴れ出したのをきっかけに、首を突っ込んだものだから……」
強引な手で車を止める羽目になり、相手にASHの関与を疑われてしまった。
「ずっと、見ていたんですね」
「こちらとしては、未成年者略取の容疑から余罪を追求していき、相手の動きを封じたかったかものでね」
凛から――ひいては、ASHから注意を逸らしたかったらしいが、結果は散々である。
「警察には借りができたし、凛ときみの
「……あの、なんか俺、色々と知ったみたいですけど大丈夫ですか?」
今更ながら、翼は不安になってきた。どうせ大したことは聞けないと思っていたら、予想以上に教えて貰っている。
「もしかすると、有名な大学から誘いが来るかもしれない」
「それって、研究材料としてですか?」
「そういった面がないとも言い切れないが、それだけじゃないさ。単純に、きみのHを欲しがる分野は多い」
「いや、俺のはそんな便利なものじゃ……」
「重要なのは、わかり辛くて有能であることだ。特に、テレビなどの映像メディアを通した際、真実味に欠ける『力』のほうが扱いやすい」
その観点からすれば、翼は文句なしだった。同様に凛も――映像を通せば、途端に嘘っぽく見えてしまう。
「既に、きみは手塚に目を付けられてしまった」
「もう、ただの高校生ではいられないんですか?」
「それは問題ない。少なくとも、今まで通りの高校生活は遅れる。手塚としても、きみには然るべき大学に入って、正式な手順で来てくれるのが一番だからな」
つまり、警察官になれというのか。考えてもいなかった未来に翼は動揺してしまう。
「そう、怯えなくてもいい。それはあくまで最適であって、絶対ではない。たとえきみが違う分野の大学を選んだとしても、彼はなにもしてこないさ」
安心できる説明に翼は胸を撫で下ろすと、
「一生涯、監視の目はあるだろうが」
とんでもない一言が添えられてしまった。
「きみがその『力』を悪用しないかどうか。また、よからぬことを考えている連中が、きみを利用しようと近づいてこないか」
だからそう悪いことでもないと言われても、納得がいくものではなかった。
「こればかりはどうしようもない。相手は国家権力だ」
「えっ……? それはASHに入っても変わらないんですか?」
「それだと、余計に監視の目が強くなるな」
「じゃぁ、どうすれば……」
「深く考えないほうがいい」
これ見よがしに行われるモノでもなければ、四六時中でもない。普通に生活していれば、違和感を覚える程度。
それに政治犯や思想犯の類からは守ってくれる。
「暴力団や通常の犯罪だと管轄が違うから、なにもしてくれないだろうが」
それはもはや、手塚が公安の人間と言っているようなものだった。
そして、その手口に理解を示しているところからして、凛が言っていたことも正しい。
――ASHのボスは元公安だ。
いったいどのような経緯があって新興宗教を設立したのか。興味を引かれるも、さすがに答えてはくれないだろう。
「質問は以上で終わりか? なければ、家まで送ろう」
「最後に一つだけ」
小さく手をあげ、礼儀正しく翼は尋ねる。
「どうして、超能力とは異なった超能力をHと呼んでいるんですか?」
ASHのボスに、初めて表情らしい表情が浮かんだ。
「理由は幾つかあるが、私が一番気に入っているのは――ヒーロー」
「……はぃ?」
「――正義の味方さ」
補足はないようで、ASHのボスは歩き出す。
「無音のHERO……ねぇ」
納得がいくような、いかないような。どちらにせよ、部外者の自分がこれ以上求めるのは止めにしよう。
「正義の味方か……」
宗教団体のメンバーにはなりたくないが、それならなってもいいかもと翼は思ってしまった。