第9話 翼のH
文字数 2,790文字
「また、赤い髪の美人が来てんのか?」
かれこれ一週間。
あの日以来、鈴宮凛は姿を見せていなかった。だというのに、翼は授業が終わる度、窓へと吸い寄せられていた。
「誰もいねぇよ。そういう気分なだけだ」
友人たちの相手が面倒くさくて、翼は雑な対応をする。
「もしや、恋でもしちゃった?」
と、余計に面倒くさい流れ。
「ちげーよ、馬鹿」
三年生の秋であるものの、外部進学しない生徒たちは気楽であった。翼もその一人だ。
このまま、系列の大学へと進む。今まで通りの生活を続けていれば、大した苦労もせずそれが叶う。
だから、凛が姿を見せないのは都合がいいはずだった。
新興宗教の関係者というだけでなく、あの人工的に赤い髪の女と一緒にいるのは、マイナスにしか働かない。
そう、わかっているのに翼は決まりが悪かった。
ASHを訪問して以来、色々と気付いてしまったことも原因の一つであろう。
毎日の通学路でさえも、小さな悪が目につくようになった。
それと同様に、その芽を摘む存在も――
『超能力とは異なった超能力』
普通に検索したところで、漫画やアニメ、ゲームといった創作物のページしか出てこない。完全一致検索でやっと、ASHのページが出てくる。
それでも、大げさな奇跡を謳っているわけではないので、超常現象に興味がある人間は即座に帰るはず。
では、毎日のようにサイトを眺めている自分はいったい何者だろうか? と、翼は埒のあかない思考に囚われる。
――自分は、祖父との約束すら果たせなかった人間のくせして。
あの時は、事故で遅れた電車を待つのが怠かった。
けど、今日は違う。
放課後、翼は意図的に電車へは乗らず、鈴宮凛と始めて会った場所を訪れていた。
意志薄弱。
自分から連絡を取ることも会いに行くこともできるのに、こんな偶然に頼るなんて。
自覚している翼は、傍目から見ても頼りない立ち姿だった。
それが功を成してか、
「おぃ、おまえあの時の――」
遠くから、柄の悪い学ラン姿。
別にリプレイが目的ではないので、
「おぃっ、待てっ!」
翼は走って逃げる。
向こうから声をかけてくれて助かった。こちとら相手の顔なんて憶えていなかったからと安堵しながら、翼は易々と振り切る。
最初から距離があれば、こんなものだ。
「いたぞっ!!」
思いきや、なかなか逃げ切れない。
何人いるのやら、翼は振り切った先々で追っ手に見つかる。
「はぁはぁ……マズイな」
五分ほど全力疾走して、気付く。
思ったよりも多くの人間が動いていることと、相手の狙いが自分ではなく鈴宮凛であることに。
更に追っ手は使い走りで、指示をしている人間――それも、大人の気配が見受けられる。
――とにかく見失うな。
切羽詰まった声からの予想だ。
お店に入るのも手ではあるが、迷惑をかけない保証がない以上、防犯カメラに映る真似はよろしくない。
内申に関わる、と翼は受験生らしい打算を働かせながら逃げていた。
「――待てっ! いたぞっ!」
持久力なら誰にも負けない自信があるものの、単純な速力でいえば翼はさほど早くはなかった。
今年の五〇メートル走でいえば、七秒と少し。平均よりは早いが、運動部の面々と比べると遅い。
常に後ろから追いかけてくるだけならまだしも、前方や横から飛び出してこられると、捕まる恐れは充分にあった。
なので、道を選ぶ。
そもそも、自転車や原付き、バイクを持ち出されたらどうしようもないので広い道は避けるに限る。
「くそっ! なんだ、あいつっ! ぜんぜん速度が落ちねぇじゃねぇかっ!」
後ろから負け惜しみの絶叫。
翼としては大きな声で喧伝して欲しくないのだが、現状では文句も言っていられない。
「くそっ、これ
利子
確定だな……」嫌そうに翼は独り言ちる。
振り返ってみると、追っ手は電話をしていた。
相手に学習能力があるとすれば、これまで以上に巧妙な待ち伏せ、連携を覚悟しなければならない。
追っ手がただの高校生で、狙いが自分なら楽観視できるが……翼は頭を悩ませる。
凛を狙っているのは、いったいどの層なのか。
街の不良やチンピラレベルなのか、それとも……過った可能性を振り払う。
さすがに、それ以上の存在は笑えない。
というわけで、カマをかけてみる。
「なぁ、あんたら。あいつを攫って、どうする気だ?」
走りながら、平然と翼は声を張り上げる。
「内容によっちゃ、協力してやってもいいんだけど?」
向こうに余裕がないようなので、速度を落として再確認。
相手の目的が彼女の容姿に関連するのであれば問題ない。ボコろうが犯そうが、まだ理解できる。
が、それ以外となれば話は別だ。
「……知るかっ! こっちはただ攫って好きにしたかっただけだったのにっ」
交渉決裂、絶対にヤバい大人が絡んでいる。
翼は再び全速力。柄の悪い高校生が嫌々従う相手となれば、もうアレしかないだろう。
事が事だけに、凛に伝えたほうがいいだろうと翼は携帯を手に持ち……、
「くっそ! 登録しとくんだった」
名刺を探すも見当たらない。
もしかしなくとも、家に置きっぱなしだ。
なら、ASHのホームページを検索して本部に直接かけるしかないが、そこまでの余裕はなさそうだ。
「しゃぁない、走るか」
気負いなく、通常ならあり得ない選択肢を翼は選ぶ。
「えーと、確か学校の傍の公園から二〇分。速度は法定速度と信じて六〇キロとなると……」
単純計算で距離は二〇キロ。
そこから信号待ちやら一時停止、徐行などを考慮するともっと下回るはず。
「で、俺の速度が時速だと……約二十五キロだから」
所要時間、四八分。
それは人間には絶対に不可能な数字であった。
普通に考えて、五〇メートル走の速度で二〇キロを走れるはずがない。
――だけど、翼にはそれができた。
目的が定まった少年は文字通り、道を突っ走る。全速力で約七秒。それ以降は徐々に計算上の速度を下回るはずが、一向に変わらない。
決して、疲れないわけではない。
限界だってある。
ただ、翼はその限界がきたら未来の自分から借りることができた。
それが羽田翼の