第24話 崩壊の兆し

文字数 2,061文字

 最後に釘を刺されたと察しながらも、手塚は慇懃な態度を崩さなかった。 
 秋月参事官が言っていた通り、こちらに好意的ではないようだ。
 
 適切な返答をして、彼方との接見を終えると手塚は自分のやるべき仕事に戻る。
 
 直接的な仕事は警視庁から連れてきた一二人でこなさなければならないので、人員に余裕がなかった。
 
 この地域の公安課メンバーは主に後方支援。刑事部の監視を始めとした無線や電話の盗聴。とにかく、手塚たちと鉢合わせないように努めていた。
 
 その最終手段には、故意に騒動を起こさせることまであった。
 
 そのような無茶が可能なのは、ひとえに指揮系統が統一されているからである。
 通常の刑事が都道府県ごとに管轄や指揮系統が分かれている自治体警察なのに対して、公安は警察庁警備局を頂点とした、統一的な国家警察であった。
 
 ――全ては、日本国家の安寧の為に。
 
 日本国家の体制維持が、公安にとっての使命であり存在意義。
 その為、各都道府県の公安警察は自らが所属する警察署の所長さえも飛び越えて命令を受け、隠密に行動する。
 ただ、指示を出す警察庁警備局はデスクワーク主体の行政機関なので、実行部隊として警視庁公安部が動いていた。



「もぅっ、二人共ちゃんと歩いてっ!」
 ふらふらと揺れ歩く悠と初葉の手を掴んで、由宇はぶーたれる。

「んー、なんて?」
 聞こえなかったのか、右隣の初葉がしがみ付くように体を寄せて来た。

「やっ、重いってば初葉ぁー」
 
 初葉はおねえちゃんと呼ばれるのが嫌いなので、年齢関係なく誰もが呼び捨てにしていた。

「……ごめん」
 左隣の悠が重たい口調で謝る。
 
 起きてからというもの万事この調子だったので、由宇としては些か困っていた。
 いつもなら悠に甘えることが許されるが、今日に限ってはそうもいかない。
 
 昨夜の発作が堪えているのか、悠はほとんど寝てない上に自己嫌悪に陥っているようだった。

「近江、あんたそれウザい」 
 
 どうしてか初葉も寝不足のようで、起きてからずっと機嫌が悪い。

「……っるせーな」
 
 珍しく、棘のある言葉。
 初めて会った時のように、二人の間に剣呑な空気が漂い始める。

「ちょっと、やめてよ二人共っ!」
 
 本日は自分がしっかりするしかないと、由宇は不慣れな仲裁役に臨む。
 年下に怒られて冷静になったのか、二人は謝罪こそ口にしなかったがお互いに引いた。
 
 きっと、二人共まだ寝ていたかったに違いない。
 
 それもこれも、急にやって来た施設の人が悪いんだと、由宇は頭の中で文句を連ねる。
 
 あのまま寝ていたら、だらしないと言われるに決まっていた。
  
 だから、二人は渋々と起床して、こうして当ての無い散歩へと繰り出す羽目になったのだ。
 怒られるのが自分たちだけならいいけど、彼方にも飛び火してしまうのは嫌だったから。

「施設の人、いつ帰るんだろ」 
 
 ぼそりと、初葉が漏らす。早く帰って寝たいのだろう。

「さぁ……?」
 
 急な来訪の意図が掴めず、由宇は若干怯えていた。もしかして、またお母さんと会わされるのではないのかと。
 それか年少組の子たちに、なにかあったのではないのかと、過去の経験が不安を掻き立てる。

「帰ったら、連絡くれるって言ってたろ」
 
 少し調子が戻ってきたのか、安心させる声振りで悠が漏らす。制限はあるものの、年長組に限り携帯電話が支給されていた。

「それはわかってるけどぉ……」
 
 やっぱり、怖い。
 施設の人が来る度に、今までと違ったなにかが起る。急にルールが厳しくなったり、緩くなったり。先生が変わったり、同居する子供が増えたり減ったり……。

「大丈夫だ。少なくとも、おれたちは卒業するまで一緒だって」
 
 年長組の存在は職員たちにも都合が良いので、滅多に変わることはなかった。引きかえ、年少組は学校での苛めなどが原因で入れ替わることが多々ある。

「まっ、おれが受験に失敗しなければな」
 
 冗談のつもりなのだろうが、由宇としては笑えなかった。

「近江、それ笑えないから」
 
 同じ気持ちなのか、初葉がツッコミを入れる。

「えっ? そう――」
 
 悠の台詞を遮るように、バイクのエンジン音が轟いた。
 反応早く、悠はこちらが心配する前に首にかけていたヘッドホンを付け、誤魔化しにかかっている。
 それでも辛いのか足は止まり、息も乱れていた。

「おにいちゃん?」
 
 昨夜の発作を思い出してしまい、由宇は手を繋ぐことができなかった。恐る恐る、上着の袖を掴むだけ。

「……大丈夫、大丈夫だから……」
「説得力ないっての」
 
 苛立った口調で吐き捨て、初葉は音がする方向を睨み付ける。

「ごめん、由宇。近江、頼むわ」
「えっ! 初葉っ!?」
 
 制止する間もなく、もの凄い速度で初葉は駆け、曲がり角を曲がっていった。
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登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

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