第23話 宗教法人ASH
文字数 2,850文字
父の動きは早く、連絡した翌日には手塚と名乗る男がやって来た。
「初めまして、手塚です」
嘘だな、と彼方は思う。目の前の人間とは、何度か顔を合わせた記憶がある。
ただ、その時の名は手塚ではなかった。
前の職場ではよくあることだと、
「初めまして。秋月彼方だ」
彼方は本名を名乗る。
「それでは、先に確認させていただきます」
そう言って、手塚は一枚の写真を取り出した。写っているのは、赤い髪の女。視線に気付いてか、
「やはり、彼方さんが見かけたのはこの女性ですか?」
「あぁ、そうだ」
二人はグループホームの一室にいた。
子供たちは外出している。施設の人間が来ると説明したので、息を揃えて逃げ出したのだ。
施設の人間――主に事務職の者は揃いも揃ってつまらない質問をするから、子供たちは嫌っていた。
――慣れた? 楽しい? 不満はない? 良い子にしている? なにかあったらなんでも言って、相談に乗るから――
初対面。それも現場にいない人間に聞かれて、答えられるものではない。
もし嫌と答えたら、現場の先生の耳に入ってしまう。それで場合によっては、酷く怒られるのだから、子供からすればやってられない。
「この女性は鈴宮凛。まだ一八歳ですが、宗教法人
つらつらと、手塚は説明する。
「また、アッシャー。すなわち
異質な能力ということから、公安では異能力と呼んでいた。
対して、ASHがHと呼んでいるのは、おそらくheterogeneous(異質な)の頭文字を取ったもの。
Hがフランス語発音なのは、組織名と同じ音にすることで隠語の働きを持たせる為であろう。
「女の異能力は判明してる?」
異能力が怖いのは、こちらの常識を裏切るからだ。
反面、知ってさえいれば大した脅威にならないことが多い。
「えぇ。ですが、彼方さんが知る必要はありません」
「あっそ。なら、さっさとこの女を排除して」
感情的には関わりたくないので、彼方は言い捨てる。
「それはもちろんですとも」
胡散臭い笑みを張り付け、手塚はほざく。
「ですが、根本的解決を図るのなら、然るべき場所で保護するべきかと」
「つまり、あんたらに預けろと?」
一瞬で、空気が張り詰める。
「父さんから聞いてない? 余計なことを口にするなって」
彼方は、父親を失脚させるのに充分な情報を持っていた。それを使って、自分とその周囲に干渉しないよう脅していた。
「失礼しました」
手塚は思ってもいない顔で口にする。
「ところで、ASHは異能力者を集めてなにをしている?」
公安の目的は察せられるも、ASHに至っては見当もつかなかった。
「正義の味方ごっこですよ」
意外にも、手塚は素直に答えてくれた。
「トラブル仲裁とでもいいましょうか。喧嘩やイジメなどの、あらゆる問題に首を突っ込んでは弱者の味方をしています」
「……ふざけてる」
汚いやり口に、彼方は吐き捨てる。
「えぇ、そうです。そうやって弱者に恩を着せて、彼らは信者を増やしていっているのです」
布教は地引網方式ではなく、一本釣り。
どおりで広まらない訳だと、彼方は軽蔑混じりの感心を抱く。
宗教の誘いを不愉快、恐怖と感じる人は多い。そういった面々が勧誘を受ければ、すぐさま誰かに相談し、悪評として言いふらす。
けれども、そうじゃない人間もいる。
なんであれ悪口を言うべきではない、他人を見た目や先入観で判断してはならないと思っている人々。
厄介にも、その手のタイプは自分の判断しか信じない。
だから、相手が誰であろうとも状況によっては信を置いてしまう。
「ASHの教えは正義を語っています。遠回しに警察の無能や法律の不備を謳い……まぁ、この辺りは特に問題ではありません」
「確かに、そういった団体は珍しくない」
だが、異能力者に目を付けるのはそうはいない。
奇跡の担い手なんてものは、教祖一人いれば充分なものだ。
自分の信者から異能力者が生まれるのならまだしも、外部から招き入れたってロクなことになりやしない。
宗教に限らず、組織には派閥争いが付きもの。
中でも、能力のない人間は能力のある人間を羨む。
そういった層からすれば、パッとでの新人が祀り上げられるのを良しとしないはず。
たとえそれが、教祖が求めている異能力者であったとしても――
「ASHにスパイは?」
不満分子がいれば、付け入る隙ができる。
「いません。正確には、異能力者に看破されるので使えません」
「嘘や他人の感情がわかるタイプか」
色や音、匂いなど判別方法は様々だったが、その手の異能力者は何人かいた。
「なら、どう動く?」
情勢からして宗教法人は、優秀な法務担当を置いている。だから下手な真似を打てば、たとえ警察であろうとも痛い目にあう。
特に手塚たちは多くの規則を無視しているので、より慎重に努めなくてはならなかった。
「それは秘密です」
「そう。なら、一月三日までになんとかして」
守秘義務があるのは知っているので、彼方は問いたださなかった。それに手塚は充分喋ってくれたほうである。
「ASHが狙っているのはこのコ。朱音初葉、一五歳」
写真に映っているのは三人の中学生。
その中でも、一番背の高いセーラー服を着た少女を彼方は示す。
「異能力はおそらく『肉体の活性』。いわゆる、火事場の馬鹿力的なもの」
「それは、常識を超えるほどですか?」
「このコが本気を出せば、オリンピック選手も真っ青な記録を出すでしょう」
さすがに驚いたのか、手塚の顔色が変わる。
異能力と大層な名前が付いているものの、所詮はパラノイア――誇大妄想と切って捨てられる類がほとんどだからだ。
「それほどの力があって、よく我慢できていますね」
「記憶を失くしている――震災の影響で」
彼方は意図的に二つ嘘を吐いた。
一つは初葉の異能力、もう一つは記憶喪失の原因。
「力を使っているのもほとんど無意識みたいだから、本人は自覚していないと思う」
公安のやり口はよく知っていたので、全てのカードを晒すのは危険だと判断したのだ。
異能力を明かしたのも、牽制の意味合いが強い。
このコは、力任せでどうこうできやしないと。
「――わかりました。それでは、明日までに
バレているな、と彼方は直感的に悟るも、内容さえ知られなければ問題ないと開き直る。
「それじゃ、頼む。私の大切な子供たちの為に――」