第29話 抗う子供たち
文字数 4,975文字
「田舎だと、〝穴〟を作るのが楽ですね」
一段落ついたからか、同僚が軽口を叩く。
「あぁ。できれば、プランAでいきたかったが」
肩の荷が降りたのは確かなので、手塚も私語へと興じる。
「早かったですもんね、不審がられるの」
「一般家庭の子供じゃないから、か」
近江悠と茅野由宇の基礎調査は前もって行っていた。
「周辺の家が無人なのは確認済みですので問題ないでしょう」
おかげで、二人には適切な量の麻酔を投与できた。このまま事が終るまで、ずっと眠っていて貰う予定だ。
「〝お客さん〟の動向が掴めない以上、目立つ真似は避けたい」
人目の付かない空白地帯を作るのが楽な反面、尾行などの行動確認は難しかった。
もとより、凛は無茶な運転でバイクを走らせているので、秘密裏に追いかけようがない。
「素人さんを信じるなら、まったく別方向にいます」
幸いにも、凛はここ数日で目立ち過ぎていた。その為、一般人がSNSで定期的に彼女の居場所を教えてくれる。
『バイク』『赤髪』で地域検索すると、たちまち幾つかの画像と共に情報が更新されていく。
「〝対象〟のほうはどうですかね?」
手塚たちは、トラックを改造した指揮車の中にいた。その車で、近江悠と茅野由宇を拉致した十字路に繋がる道の一つを封鎖していた。
運転席と助手席に一人ずつ。そして机や椅子、パソコンなどの機材を詰め込んだ荷台の中に四人の男女が乗り込んでいる。
そこで、初葉と作業員のやり取りを秘聴していた。
「やはり、〝娘さん〟が言っていたことは嘘か」
もし無意識に力を使っているのなら、感情に呑まれた時点で使っているはず。
「彼女はきちんと制御できている」
「なら、次もプランBですね」
嫌そうに同僚が告げる。
「そうなるな」
手塚も同感だった。
しかし計画上、彼女には異能力の制御を失って貰わなければならない。
『地図って!』
声からして冷静さを失っているようだが、まだ足りない。最低でも、感情的に目の前の敵を排除するくらいには理性を失わせる必要がある。
「〝対象〟の誘導もうまくいきそうですね」
あとは任せる、と手塚は次に向けて動いている同僚の様子を確かめる。
「まもなく、〝対象〟が動きだすが問題ないか?」
「〝エサ〟は次のステージに移送済みです。ただ、〝オス〟に異変があったそうです」
その概要を手塚が問いただす前に、
「――〝迷子〟」
状況に異変が起こった。
「〝穴〟に用があるのか、不審なタンデムが煽ってきました――いや、侵入しました」
凛の腰に捕まること一時間――
「まさかおまえ、昨日も同じようなことしてたんじゃねぇだろうな?」
翼は周囲の人の視線と行動に疑問を覚え、口を挟む。
「はぁ? なにが?」
信号待ちになり、凛からの返答。
「さっきから、やけに写真撮られてるぞ。しかも、反応的に待ってたくさい……が、俺の存在を訝っている」
「あー、そいやそだね。昨日もウザかった」
「……ちょい、どっか止まれ」
状況を理解していない反応に、翼は待ったをかける。文句を言いながらも、凛はバイクを止めてくれた。
「で、なに?」
降りるなり、携帯を弄りだした翼が不愉快なのか、凛の声には棘があった。
「――おまえの情報」
翼は携帯の液晶を見せる。そこには『女』『赤い髪』『バイク』といった単語と共に、凛の画像が並んでいた。
「これじゃ、『朧』が動いてたら完全アウトだ」
せっかく尾行されにくい地域なのに、これでは意味がない。
「とにかく、バイクを変えんぞ。次に、おまえその髪を隠せ。そして、できれば囮も用意する」
「はぁ? なに、いきなり無茶ばっか言ってんのよ」
「無茶じゃねぇよ。おまえは今、目立ってんだ。トレードを申し入れたら、了承してくれる奴はいると思うぜ」
承認欲求が強いタイプなら、快く引き受けてくれるはず。
事実、既に偽物も出回っているのか、凛とは別の『赤髪』『女』『バイク』の目撃情報が見受けられていた。
逆に二人乗りをしているからか、本物が偽物扱いされている始末だ。
「この偽物とトレードできれば最高だな」
「ふーん……近いじゃん」
さすが地元民。
凛は土地名だけで、位置関係を把握していた。
「このコに慣れてきたとこだけど、仕方ないか」
そう言って、凛はバイクを撫でる。
「あん? それ、おまえのじゃなかったのか?」
「いんや。名前も知らない後輩から借りたやつ」
「じゃぁ、トレードできねぇのか」
「問題ない」
「……借りパクか?」
「そうとも言う。けど、私の言うことは絶対だから」
やっと、翼も納得。
忘れていたが、この女はレディースの総長だった。名前も知らない後輩というのも、おそらく、彼女が率いていた暴走族を継いだ人間だろう。
「つーか、まだ暴走族なんていんのかここは」
「もう、ほとんどいないみたい。そもそも、私が走ってた頃ですら下火だったし」
「なのに、やってたのか?」
「幼い頃が凄かったからさ。それが一〇歳くらいだったかな? なんか、暴走族が凄い事件を起こしたからって、滅茶苦茶厳しくなったんだ」
おかげで、凛は成り上がることができたらしい。
「私が憧れたのは、あの好き勝手に走っている様だったから――ファッション感覚で走っている奴らに負けるかっての」
翼にはまったく共感できなかったが、凛の自信は技量に裏付けされたものだった。
翼は一人で待つことと数十分、凛からの連絡――逃げる偽物を捕まえた。
合流し、翼が説明してトレード完了。
脅す必要なく、偽物は喜んで指示した地域を走ってくれるとのこと。
「で、お次はどうすんのツンちゃん?」
指揮権を譲ってくれるのか、凛が問いかける。
二人は自販機の前で一服していた。
「そうだな……」
翼の行動は『朧』が動いていることが前提となっている。
「こんな田舎じゃ、人混みに紛れるのはまず無理だよなぁ」
これまでバイクで通り過ぎた道には、ほとんど歩行者がいなかった。
「んー、場所による。今なら神社とか、すっごい人いるよ?」
なんでも、イベント事があるとそこに集中するらしい。
「その神社ってのは、正義の味方と接触した近くにあるのか?」
「あるよー八幡宮が。的屋もたくさんでてる」
「行ってみるか、そろそろ腹も減ったし」
可能な限り、素顔を知られたくないので飲食店には入りたくなかった。凛の赤い髪は嫌でも記憶に残る。
コンビニも監視カメラがあるから駄目だ。
「んじゃ、乗って」
人混みのある的屋なら、多少は紛れるだろうという楽観視の元、二人は神社へと向かう。
ただし、今までと違って比較的安全運転。囮を使っている以上、こちらが目立つわけにはいかない。
その道中で、翼は不審なトラックを見つけた。
「――凛。今の道、戻れるか?」
声色から察したのか、
「あいよ」
二つ返事。
「で、なにを見つけたの?」
「トラック。狭い道に止まってたんだが、あり得るか?」
「場合によっては。駐禁とか、都会と違ってかなりいい加減だから」
「今日は一月三日だぜ?」
常識的に考えて、引っ越しなどの業務活動はあり得ない。
「じゃ、とりあえず煽ってみるわ」
こちらの返事を待たずして、凛はアクセルを吹かせた。が、特に変わった反応はなし。
「違ったか」
翼は思い違いを疑うも、
「いや、ビンゴ」
凛は確信を得ていた。
「あの道、一通だ。もし、別の侵入口も車が塞いでいたら確実」
「確実って……?」
「空白地帯ができるってこと」
言われて気付く。
田舎では、車が通らない場所が全てひとけのない通りになるということに。
「三が日なんて家に閉じこもっているか、家族ぐるみで家を空けているのどっちかだから――」
少しの下調べと、ある程度の人数で人目の付かない場所ができあがる。
「ツン、ビンゴだ」
もう一つの侵入口も塞がれていた。こちらはトラックではなく、一般車のようだがブラックフィルムで中は窺えない。
ここでの判断は荷が重いと、
「どうする?」
翼は指揮権を返す。
「そんなの、決まってんでしょっ!」
突っ込む気かと翼は加速に備えて凛の腰を掴むも、
「ちょっ、痛いっての」
違った。
「あん? 突撃すんじゃねぇの?」
「あんたは、人をなんだと思ってんの?」
どうやら、一方通行の出口から侵入するらしい。
凛はぐるりと迂回して――加速。
自分の判断は間違いではなかったと、翼は口にこそ出さないが思っていた。
「なんかいたよ、偽物がっ!」
向かって来るバイクに乗っていた女は赤い髪をしていた。
逆走してきたこちらに驚き、Uターン。交通ルールを無視した危険運転をしているこちらを責めることなく、逃げ出した。
どう考えても、堅気の人間ではない。
「ツン、飛び降りろっ!」
重くて追いつけない、と凛が無慈悲な命令を下す。
「無茶言うなっ!」
「はぁ? あんたなら死なないでしょ?」
「おまっ! 絶対、俺のHを勘違いしてんだろっ!」
凛が本気で突き落としに来たので、翼は必死になって抵抗する。
「くそっ! ――止まれ!」
わかってくれたのか、凛は乱暴にバイクを止めてくれた。突き落とされたらかなわないと、翼は自主的に降りる。
「また、連絡するっ!」
言い残して、凛は去っていった。
「――ツン!」
馬鹿でかい声に、翼はヘルメットを脱ぎ捨てたくなるも堪える。
「なんかいたっ! 女! 頼む!」
断片的な情報だが、言いたいことはわかった。
翼はヘルメットに装着してある無線機を髪で隠すように耳へと装着。ヘルメットは邪魔だが捨てる訳にもいかず、手で抱えていく。
「つーかこの無線、違法な奴じゃねぇよな?」
今更なことだが、返事はなかった。
仕方なく、翼は前進。凛が言っていた通り、女がいた。
道路のど真ん中。携帯端末を手にバイクが去っていった方向を睨んでいる。
「なぁ、なにがあったか教えてくれないか?」
恐怖に駆られた動きだったが、常識的な反応速度。少女は女のコらしい仕草で、翼から距離を取った。
「たぶんだが、俺は嬢ちゃんの敵じゃない」
今のチャラい見た目では説得力がないと思いながらも、翼は両手をあげながら近づく。
「ここにいたバイク女の敵だからな」
「……知ってるの? あいつのこと」
初めて、少女が返してくれた。
背の高さに若干イラッとしながらも、年齢的には年下に違いないと翼は丁寧に対応する。
「たぶん、な」
赤いモッズコートを着た少女は、携帯端末を握ったまま。
いつでも通報できるという脅しと判断して、翼は接近するのを諦める。
「……誰?」
「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るべきじゃないか?」
翼は中学高校と男子校。年の近い異性と会話するのに慣れていないからか、必要以上に丁寧語になっていた。
当たり前だが、妹と凛はそのカテゴリーに入っていない。
「あなたの名前を聞いたんじゃないもん。さっきのバイク女のことを聞いただけだし……」
口の利き方がなってないなこのガキ、と思いながらも泣きそうな顔をされては怒りようがなかった。
「はぁ……」
翼は盛大な溜息を吐いてから、
「――俺は正義の味方だ」
馬鹿みたいな台詞を口にする。
「だから、困ってんなら力になるぞ?」
「……なに、それ」
少女が吐き捨てる。
「いい年して、馬鹿みたい」
「――だろ?」
底抜けに明るい声で翼は同意を示す。
本当に馬鹿みたいだと。
でもだからこそ――
翼はASHを選んだのだ。