第36話 相性最悪

文字数 4,075文字

 出遅れたにもかかわず、凛は余裕を持って逃げる少年に追いついた。

「待てっての!」
 
 走る勢いで背中を蹴り抜き、少年は顔面から地面にダイブ。

「あのさぁ、あんたって本当何者なわけ?」
 
 強いのか弱いのか、さっぱりである。
 殺気だけは凄まじいが、身体能力がお粗末過ぎる。

「もしかして、超能力とは異なった超能力を持っているとか?」
 
 手を使って、起き上がろうとしている少年に告げるも反応はない。

「いわゆる『憑依』系? それとも、『感情操作』? いや、『自己暗示』の線もあるか……」
 
 どれにせよ、暴走している。
 正気に戻すには意識を失わせるのが早いが、

「ツン並みにタフだね、あんた」
 
 何度蹴り飛ばしても、少年は起き上がってきた。

「――怯むな!」
 
 そして、野生の獣も逃げ出すほどの殺気を飛ばしてくる。

「それは凄いんだけど、私には効かないんだなっ!」
 
 顎を横に蹴り抜くも、まだまだへこたれない様子。手で地面を噛み、四足獣の姿勢。

「おぃおぃおぃ……あんた、本当にどうなってんの?」
「ふーっ! ふーっ! ――さなくちゃ! 殺さなくちゃ! 殺さなくちゃっ!」
「――怯むな! 怯むな! ――落ち着け! ――大丈夫!」
 
 常に自分に言い聞かせていないと、逃げ出したくなるほどの殺気。銃口を向けられた時でさえ、ここまで怖くはなかった。

「なんか、拘束するもんあったっけ?」
 
 凛はいそいそと、ナップサックを漁りだす。

「――ハルカっ!」

 すると、後ろから必死な呼び声。駆け走る音に振り返ると、ボーイッシュな女がもの凄い勢いで向かって来ていた。

「ハルカって、あんたの名前?」
「……ん、せい……」
「……本当、人の言葉わかってんのかね、こいつは」
 
 少年を相手にしていても埒があかないと、凛は女を待つ。

「早いじゃん」
 
 走って来た女はだいぶ年上のようだが、脚力は自分と遜色がないよう見受けられた。身長もそうだ。女にしては高く、体格も強そうだ。

「……アシュアンの鈴宮凛だな?」
「――は? あんた、何者?」
「おまえらのような宗教団体に、名乗る訳がないだろ?」
「その宗教団体の、一信者の名前をどうして知ってんのかって聞いてんだけど?」
「黙れ。おまえは幹部だろ? 確か、アッシャーと言ったか」
 
 凛の警戒レベルが高まる。
 この地域で自分がASHの幹部であることを知っているのは両親だけで、かつての仲間たちすら知らないこと。

「あのさ、もしかして……私の両親の知り合いだったり……する?」
「はぁ?」
「――いや、今のなしで」
 
 違ったことに胸を撫で下ろすも束の間――じゃぁ、こいつ何者だ?

「――彼方先生っ!」
 
 答えは意外なところから――獣の姿勢を取っていた少年が叫び出した。

「ハルカ、どうした? 大丈夫か?」
 
 少年の異常さを察してか、彼方先生と呼ばれた女の表情が強張る。

「ごめんなさい、約束、守れなくてっ! そいつを殺せなくてごめんなさい」
 
 少年は急に泣き出し、とんでもない台詞を口にしだした。

「えっ、なに? もしかして、あんたの命令でそのコは私を殺そうとしてたの?」
「……どういう意味だ、ハルカ?」
 
 凛は茶化すも、彼方は無視した。

「それに……その血は?」
 
 土の汚れでわかりづらいのに、彼方は赤黒い染みを見ただけで血液だと判断した。

「――やっぱ、あんた堅気じゃないでしょ?」
「うるさい。少し黙っていろ」
「それで? 黙っていたら、あとで私の質問に答えてくれんの?」
 
 一触即発な空気にも気付かず、
「――ごめんなさい……おれが忘れてたから。放っておいたから。殺しておかなかったから」
 感情のままに、少年は喚き散らす。

「――由宇が! 由宇がぁっ!」
 
 聞き捨てならない言葉だったのか、
「おまえら、このコたちになにをした?」
 彼方の視線が細まり、凛を捉える。

「それ、誤解なんだけどさー」
「誤解? じゃぁ、なんでわざわざこんなところにいる?」
「そりゃ、里帰り?」
「――ほざけっ!」
「……ったく。人がせっかく、話し合いに応じてやってるってのに……」
 
 状況がわからないのは、凛も一緒だった。
 だからこそ、らしくもなく耳を傾けていたのだが、彼方はこちらの言い分を聞こうともせず。
 
 一方的に悪者扱いされ続け、
「だーっ、これ以上聞いてられるかっ!」
 凛の我慢に限界がきた。

「面倒だ。戦って、勝ったほうだけ質問できるってのでどう?」
「……いいだろう」
 
 すぐに承諾したところからして、この女は強い。

「ちなみに、先に紹介しておく」
 
 だから、凛は最初から本気で行くことにした。

「私にはHって言って、超能力とは異なった超能力がある」
「それは知っている」
「なら、話は早い。――跳べ!」
 
 そう言って、凛は高く跳躍した。

「こんな風に、発した言葉を自信に強制させるのが私のH――『言霊』」
「わざわざ教えてくれるなんて、親切じゃないか」
「ハンデみたいなもん」
 
 嘘だ。これは一種の策略。
 本当に強い相手にしか使わない、凛の本気。

「じゃぁ、行くよ――前蹴り!」
 
 宣言通り、蹴りを放つ。
 半信半疑だったのか、彼方は後ろに大きく避けた。
 布石はばっちり。これから先、相手は絶対に凛の言葉に注意を払う。

「――正拳突き」
 
 今度は綺麗にかわされた。
 凛の言葉を信じた証拠だ。

「――スウェーバッグ」
 
 伸びて来た彼方の手を後ろに避け、凛は勝負に出る。

「――フック――アッパー」
 
 宣言通りの動きをしていれば、敵は考える。
 凛の言葉を耳で聞いて、繰り出される攻撃を予測する。

「――チッキ!」
 
 そこで慣れない専門用語――テコンドーの踵落としが襲う。

 ――が、彼方は易々と止めた。

「――単把!」
 
 咄嗟に次の技、両の掌を合わせた掌底を繰り出すも空振り。
 
 ――この女、武術に明るい!?

「どうした? もう、終わりか?」
「んなわけないっしょ?」
 
 凛の『言霊』はイメージ先行型。頭で強く思い描いていないと、声に出しても効果はない。
 よって、パンチと口にして蹴りを出すこともできる。

「手刀打ち」
 
 ただ、その際の速度は反射の域に達していないので、『言霊』の使用時よりも遅い。
 
 それでも大半の相手には有効なはずが、
「嘘吐きだな」
 彼方には通用しなかった。

 バツが悪くて、
「ちっ」
 凛は距離を取る。

「お返しに、私も教えておこう」
 
 なにを? と聞く前に答えが提示される。

「私の異能力は同類を捉える『感知』。特に、その力を使っている時は頭に響く」
「……なるほど、そういうことかっ!」
 
 相性最悪である。凛だけでなく、翼も――この女が相手だと、得意の死んだふりからの一撃が通用しない。

「おまえの発想は悪くない。だが、どうせ使うなら架空の技か自分で作ったオリジナルにするべきだ」
「ふっ、ヒントをありがとう」
 
 心からの気持ちだった。
 凛は頭でイメージする、相手の首を掴み取り、足払いをかけ――地面に叩きつける。

「――首刈り!」
 
 ボス、オリジナルの技。
 走り、殴る勢いで相手の首をつか……み――えっ?
 
 空ぶったと思ったら、凛は浮いていた。
 
 首を掴まれ、足払いをかけられて――背中から、地面に強打。こちらが仕掛ける気でいた技を返され、凛は混乱をきたす。

「――さて、最初の質問だ」
 
 自分から言い出したことだったのに、その意味すらわからない。

「その技、誰に教わった?」
「……ウチのボス。名前は……知らない」
 
 ――負けたんだ、私。

 他人事のように考えながらも、凛は素直に従う。

「次、おまえは公安のスパイか?」
 
 質問の意味がわからず、
「はぁ!?」
 反抗的な声を上げるなり、女の手が喉に食い込んだ。

「おまえの異能力は発した言葉を自身に強制させるんだろう? だったら、『忘れろ』と命じれば、記憶を弄ることもできるんじゃないか?」
「……それで、どう、やって、スパイをしろっていうのよ……」
「資料を見るか、特定の場所や人物の前で、今度は『思い出せ』と命令すればいい。そうすれば、完璧なスパイの完成だ」
 
 まったくもって、考えたこともなかった方法である。

「そりゃ、凄い……私より、私のHのこと、わかってんじゃ、ないの……」
「――で、答えは?」
「ノーに決まってん、でしょ。私はアシュアン。ASHの信者よ」
「――信じられんな」
 
 どうしろと? 目だけで訴えかけると、彼方は笑った。
 嫌な、笑い方だった。
 
 ――こいつ、ワザとだ。
 
 彼方の推測のせいで、凛の言葉の真偽は誰にも判断できなくなってしまった。
 たとえ、正直に話したとしても、『言霊』で錯覚しているだけど言われてしまえば、否定のしようがない。

「……の、やり口。あんた……公安、ね」
 
 こちらの全てを否定して、勝手な都合を押しつけてくる汚らしさ。
 疲弊してなにも考えられなくなるまで、このまま否定され続けるに違いない。
 
 ――思いきや、手が外れた。
 
 凛は身体を起こすも、背中が痛い。

「……なんのつもり?」
「……自己嫌悪」
 
 彼方は頭を抱えて、あらぬ方向を見ていた。

「ハルカの奴」

 言われて、気付く。
 先ほどの少年がいなくなっている。

「あんたのHなら、居場所がわかるんじゃない?」
「あぁ、そうだな」
 
 人の話を聞いていないのか、彼方の目線は遥か後方――

「けど、先にこっちが近づいてきたからな」
 
 見知らぬ少女を二人抱えて、翼が歩いて来た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み