第22話 大人たちの陰謀

文字数 2,700文字

 警察と救急車に連絡をしたあと、彼方はずっと異能力を行使していた。 
 そうして、二人の異能力者が接触したのを『感知』すると、彼方は父親に頼ることを決めた。
 
 娘からの要請に警視庁公安部参事官――秋月朧は醜悪な笑みを浮かべる。
 
 ここまで、計画通りに事が動いていた。
 不安要素としては隠密先行部隊――手塚の報告にあったアシュアンくらいであろう。
 
 ASHの幹部で異能力者でもある鈴宮凛。
 
 マークして以来、一度も帰省していなかった彼女の里帰りには裏があるか否か……難しいところである。
 一度も帰っていないとはいえ、たったの三年。また、一八歳はある種の節目なので不自然とも言い切れなかった。
 
 これまでは彼方に疑念を植え付けるのに都合が良いと放っておいたものの、ここから先は不確定要素に違いない。万全を期すには排除すべき問題だが、それでASHが動く事態になれば目も当てられなくなる。
 
 これはASHだけでなく、刑事部の警察にもいえることだ。
 
 暗躍していると思われるのは結構だが、決定的な証拠を掴まれてはならない。
 今のところは管轄無視だけだが、これより先は刑事部が取り締まるべき行為にも及ぶ。
 
 そして、ASHのボス――冨樫はまだ、こちらの狙いに気づいていなかった。
 
 ならば、鈴宮凛一人くらい放っておいても問題にはならないだろう。
 いや、むしろ利用してしまえばいい。
 神算鬼謀を狂わす異能力者とはいえ、概要さえわかっていれば対応できる。

「全ては日本国家の安寧の為に――」 
 
 そう言って、秋月朧は最悪な計画を実行させた。


 
 凛からの報告を受け、ASHのボスである冨樫は頭を悩ませる。
 神になり得る存在がいたならば、なんとしてでも確保しなければならない。
 
 たとえそれが何者であっても、たとえそれで『朧』を完全なる敵に回す羽目になっても――
 
 ASHと『朧』は水面下で手を組んでいた。
 正確には、元公安の地位を利用して取引していたのだが、分水嶺の見極めだけはしっかりとやっていた。
 
 いくら弱みを握っていても、殺人や放火といった凶悪犯罪のもみ消しは不可能だからだ。せいぜい、過剰防衛やら任意の事情聴取を取り消すくらいが関の山。
 そして、ASHにとってはそれだけで充分であった。

「しかし、解せんな」
 
 凛は『朧』に気付かれる前にと騒いでいたが、その判断が正しいのか否か。
『朧』の不審な動きを察知して凛を送ったのだから、気付いていると考えるのが道理。
 だが、そうなると別の疑問点が湧いて出る。
 
 ――どうして、手を出していない?
 
 もし、本当に神になり得る(アッシュ)の持ち主がいたとしたら、悠長に動いている暇などないはず。
 考えられるのは、標的が迂闊には手を出せない身分であることだが、公安が接触を躊躇う人間となればASHではより難しくなる。

「どうすべきか……」 
 
 なにかあったとしてもフォローができないのに、動くのは問題を起こすなと言っても起こす凛だ。
 かといって、手を出すなと命令しても先ほどのテンションからして聞くとは思えない。
 
 秋月朧と交渉しようにも、圧倒的にカードが足りない状況では足元を見られてしまう。
 
 元公安である以上、使えるカードは年々少なくなっていく一方だった。
 同じネタで何度も取引してくれるほど、公安は甘くない。
 利用価値がない、もしくは致命的に邪魔だと認識されたらおしまいだ。

 ――全ては日本国家の安寧の為に。

 共通の大義を掲げてはいるものの、ASHと公安では捉え方が違っていた。
 そもそも、テロ事件が起きた際にこれで公安の存在意義を証明できる、とガッツポーズをあげるような公安が冨樫は嫌いだった。
 それでも、燻っていた自分を見出してくれた恩義と立派な大義の為に頑張ってきた。
 
 ――家族を失うまでは。
 
 気付かない内に、日本という国は変わっていた。
 
 ――殺人者や泥棒を一〇〇人見逃したとしても、国は沈まない。
 ――たった一人でも、思想犯やテロリストを見逃したら国は転覆する。
 
 この言い分はもう、通用しないのだ。
 だから冨樫は公安を辞めて、ASHを興した。
 理想としてはかつての同僚を引き入れたかったのだが、彼女は自分よりも先にいなくなっていた。
 
 ――見えなくても、私にはわかるんです。
 
 そう言って、多くの犯罪者を見つけてきた女。
 けど、辞める直前に誤って子供を撃ち殺した女。
 当時はなにをほざき、なにをしているのかと思ったが今ならわかる。
 
 ――彼女はHを持っており、その力を過信していた。
 
 ただ、自分のHを正確に把握していなかったので、罪のない子供を撃つ羽目になった。
 
 凛もそうだ。自分のHの危険性をまったく自覚していない。
 その点、羽田翼は慎重だった。自分のHが寿命を削る可能性を理解しており、それに頼る生き方に危機感を抱いている。

「情けない大人だな」 
 
 高校生に頼ろうとしている自分に気付いて、冨樫は嫌気がさす。
 だが、人材としては優秀だ。
 
 性格によるものだろうが、凛は直接戦闘ができないアッシャーを軽視するきらいがあった。
 
 残念なことに、ASHにいるアッシャーは全て後方支援タイプ。それも凛より年上なので、両者の仲は悪い。
 
 引きかえ、凛は直接戦闘にも後方支援にも対応できる。性格の問題で前者に偏っているものの、彼女のHの汎用性は実に高い。
 
 翼のHも同様だが、性格的には逆で後方支援のほうが向いている。
 
 また、二人は精神的には対等なので連携も期待できた。
 加えて、翼なら秘密裏に動かせる。
 
 現役の高校生であるからか、彼のマークは甘い。
 それにこちらも、彼にはなにもさせていない。
 
 毎日のように来てはいるが、外では一切の活動をさせておらず、彼自身アシュアンであることを隠している。
 冨樫自身、あと三カ月。高校を卒業するまでは、大人しくさせるつもりだった。

「切るべきか、否か」 
 
 最悪、『朧』とやり合う可能性を考慮すると、動かすべきではない。
 しかしそれだと、もし公安すら気安く触れられない人間がいたら確実に詰む。

「はぁ……」 
 
 諦めの溜息――答えは決まった。

「全ては、日本国家の安寧の為に――」
 
 言い聞かせるように漏らして、冨樫は見る人に恐怖を与える笑みを浮かべた。

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登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

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