第30話 動き出した陰謀

文字数 4,078文字

 朱音初葉(あかねはつは)から事情を聞くなり、翼は彼女が持っていた携帯端末の電源を切った。
 
 文句を言わせる前に、
「盗聴されてた」
 翼は説明する。

「先に聞いときゃよかった。まさか、嬢ちゃんの持ち物じゃなかったとはな」
 
 相手が残していった物だと知っていれば、真っ先に電源を切っていたのに。

「GPS、位置情報機能って言えばわかるか? とにかく、この手の端末は色々なことができる。もしかすると、盗聴だけでなく盗撮もされてたかもな」
「じゃぁ、私があなたに喋ったのもバレちゃったの?」
 
 誰にも言うなと脅されていたからか、初葉の表情が絶望に染まる。

「いや、それは大丈夫だ」
「ほんと?」
「あぁ、俺もある意味関係者だからな」
 
 凛に電話をかけるも、繋がらない。無線も範囲外なのか、返事は一向に返ってこなかった。
 とりあえず、メッセージと地図を送っておく。

「そんじゃ、嬢ちゃんの家族を助けに行きますか」
 
 近江悠(おうみゆう)茅野由宇(かやのゆう)なる人物を攫ったのは、十中八九『朧』に違いない。
 そして、彼らを公安らしからぬ行動に駆り立てた原因はこの少女――朱音初葉。
 
 ――超能力とは異なった超能力――(アッシュ)を持っていないか?
 
 翼の質問に、初葉はイエスと答えた。
 
 察するに、この娘こそがASHの神になり得るHを持った存在。
 だとすれば、彼女の機嫌を損ねる訳にはいかない。

 『朧』がわざわざ人質を取ったのも、彼女のHが手に負えない代物だからではないだろうか? と翼は推測していた。

「ねぇ、あなたもHって言うんだっけ? 超能力とは異なった超能力を持っているの?」
「あぁ、俺だけじゃなくて俺の連れも持っているよ」
「ふーん」
 
 気にない相槌だが、嬉しそうな響き。

「あのね、私の施設の先生もそういうの持っているんだ」
「マジか?」
 
 ますます、初葉に嫌われる訳にはいかなくなった。上手くいけば、二人のアッシャーを迎え入れることができる。

「なら、嬢ちゃんの家族を助けたあとに紹介してくれ」
「……うん」
 
 間があったのは、まだ完全に信頼されていないからだろう。
 けど、それは仕方のないこと。
 初葉の名前を聞いておきながらも、翼は自分の名前を教えていなかった。知らないほうが嬢ちゃんの為だと、恥ずかしい台詞を口にしてはぐらかしていた。

「近江も由宇も大丈夫だよね?」
 
 無言でいるのが辛いのか、初葉はちょくちょく声をかけてくる。

「たぶん、な」
 
 翼の予想が正しければ、二人は人質。
 だとすれば、安全は約束されている。

「たぶん、なんだ」
「悪いな。断言してやれなくて」
「ううん、いい。安請け合いされるよりは、ぜんぜん」
 
 二人はゆっくりと歩いていた。どうせロクなことが待っていないので、体力は温存させるべきだという翼の判断である。
 また、時間をかければやかましい援軍が得られる。

「しかし、本当に誰ともすれ違わないな」
「だって、正月だもん」
 
 そのことに疑問がないのか、初葉は当然のように口にする。
 時間的にはお昼過ぎ。
 目的地は廃工場地帯らしく、近づくに連れて人が生活している気配すら薄くなってきていた。
 
 現状は、アクションを起こすには都合が良すぎる。
 
 神社に人が集まっているとすれば、刑事警察の多くはそちらに向かっているはず。
 迷子、落し物、カツアゲ、万引き、喧嘩、盗撮、痴漢……などなど。
 人が集まれば、そういった事案が付き纏うからだ。
 
 他にも、年末年始は酒に飲まれた馬鹿どもが多数出没するので、警察の目は一定の区域に集中されてしまう。
 
 そういった刑事警察に対して、公安は異なった指揮系統で動ける。
 
 公安警察の司令塔は警察庁警備局であり、そこから公安部や道府県警の警備部、各警察署の公安部部門へと指示が飛ぶ。
 
 そこに道府県警の本部長や、各警察署の署長は含まれていない。
 
 すなわち、彼らは自分たちの行動を同僚どころか、署長にさえ説明する必要がないのだ。
 その秘密主義と勝手さから疎まれたり、煙たがれたりはするだろうが……今更であろう。
 
 公安は普通の事件を対象としない。
 政治犯か思想犯が関わっていなければ、殺人だろうと相手にしない。
 逆に政治犯や思想犯が関わっていれば、小さな犯罪を見逃したりする。他の警察官から守ってくれる。
 
 ――アメとムチ。
 
 テロを未然に防ぐという仕事上、公安は内偵が多くなる。
 そうなると当然、協力者やスパイが必要になってくる。その為のアメだ。小さな違反なら揉み消し、恩を売る。
 
 繰り返し、繰り返し……飼い慣らす。
 
 宗教は自分探しの行き着いた先である。誰かに必要とされたい、自分にしかできないことをしたい。そういった思考の元から辿り着く。
 
 そうした弱さに付け込むのだ。
 宗教(カルト)も、公安も。
 
 そして、お互いに一生逃さない。
 骨の髄まで、むしゃぶり尽くす。
 
 翼は理解している。
 自分が所属しているASHが、世間からどう思われているか。
 
 翼は冷静だ。
 騙されてはいない。間違いなく、自分の意思でASH信者(アシュアン)になった。
 
 翼は本気だ。
 経緯はともかく、今では本気でASHを信仰している。ボスの役に立ちたいと思っている。
 
 ――正義の味方にならないかい?
 
 冗談、と吐き捨てたかつての自分はもういない。





 秘聴していた内容からして、謎のチャラい男が羽田翼であると手塚は確信する。

「……やられたな」
 
 鈴宮凛の独断かと思いきや、冨樫の指示があった。まだ高校生の羽田翼を変装させ、送り込むとは……。
 
 それでも、〝作業〟に支障はなかった。
 常識を裏切る異能力者とはいえ、羽田翼の概要は把握できている。

「――端末の電源切られました」
 
 もはや、ただの高校生ではない。
 目立つほどではないが、羽田翼はそれなりの教育を受けているようだ。おそらく、鈴宮凛の偽物を用意したのも彼であろう。
 
 鈴宮凛は案の定、こちらの用意した偽物と追いかけっこを続けている。相変わらずの猪突猛進で、策を弄する性格をしていない。
 
 指揮車の中では、慌ただしいやり取りが繰り広げられていた。
 
 一人は事故を起こさず、警察にも捕まらないよう鈴宮凛を引き付けている同僚のフォロー。無線で交通状況から信号機まで、リアルタイムで伝えている。
 
 一人は、この地域の公安課と連携を取り、刑事警察の動きを把握と同時に誘導と妨害。一般市民からの通報を秘聴するなり、飛ばし携帯で故意の悪戯電話をかけ、出動を妨げる。

「〝娘さん〟の様子はどうだ?」
「はい。〝自然体〟のまま」
 
 彼女の『感知』が、個人の特定まで至らないのが幸いした。都合よく、異能力者は二人と一人に分かれてくれている。

「――作業班に告ぐ。予定より、少し遅れて〝対象〟が到着」
 
 問題なく実行できると、手塚は〝作業〟を進める。

「〝ゴミ〟の数に問題はないか?」
「えぇ、厳選に厳選を重ねたモノを用意しています。そのぶん、臭いますけどね」
「だったら、臭いが漏れないように注意するんだな」
 
 同僚の皮肉に乗って、手塚も吐き捨てた。

「その辺りは万全ですが、予定になかった〝お客さん〟も来るようで?」
「あぁ、特別な〝羽のお客さん〟だ。痛みも疲れも感じないらしいから、丁重にもてなしてやってくれ」
「わかりました。〝ゴミ〟に目がいかないよう、注意しておきます」
 
 公安は常日頃から他人を秘聴、秘撮しているからか、自分たちもされている危険性を考慮している。
 その為、可能な限り固有名詞は使わず、隠語を用いていた。

「ところで、〝オス〟の容体はどうだ?」
「今は落ち着いていますが、眠りは浅いようです」
 
 こちらもイレギュラー。
 適切な麻酔を投与してなお、眠りが浅いなんて予想していなかった。

「原因は……車か?」
「えぇ……。おそらくそうでしょう」
 
 二人して詰まったのは、近江悠の過去を思い浮かべたからであろう。
 
 公式なデータでは、彼の両親は事故死とされているが真相は違う。
 公安のデータでは、彼の両親は暴走族に弄り殺されたとあった。しかも、彼はその光景を見ていた可能性すら示唆されている。
 
 あまりに残虐に過ぎた為に、報道規制がかかった一部始終を――
 
 もちろん、加害者の多くが未成年であることも理由の一つではある。加えて、その中に〝権力者〟の家系に連なる者もいたことも。
 だからこそ、公安にデータが残っていた。
 もしもの時に利用できるように。

「〝作業〟に支障がないなら、放っておいていい。その辺りの判断は任せる」
 
 いつもと違う、慣れない〝作業〟に、戸惑いを隠せない者は多かった。
 
 世間では、公安部に招かれるのはエリートと認識されているが実情は少し違う。
 中には、致命的に荒事や死体を見るのが駄目なタイプ――刑事部では使えない人材もいた。
 
 かくいう手塚も、荒事は得意ではない。練習などでは好成績を収められるが、実戦となるとからっきしである。
 
 結果、キャリア組から転落した。
 
 研修的な意味合いが強い現場勤務の際に運悪く事件に巻き込まれて、その無能さを露呈してしまったのだ。
 
 あれさえなければ……と手塚は思わずにはいられない。 
 
 手柄を立てる必要なんてなかった。
 事実、同期は一年間に渡って通常業務をこなしていただけで、上にあがっていった。
 手塚とて、手柄を立てる気なんてなかった。本当に運が悪かっただけなのだ。
 捕らえようとした相手が異能力者だったなんて――本当に運が悪かった。
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登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

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