第11話 男の意地
文字数 2,788文字
順調かと思われた計画は、翼の土地勘の無さによって破綻していた。
前方に追っ手がいれば、翼の速度だと道を変えるしかない。自分より足の早い人間が相手だと、ある程度の距離が開いていないと逃げ切れないからだ。
そのことを追っ手も気付いたのか、いつの間にやら進路を誘導されていた。
「鬼ごっこは終わりだぜ?」
息切れを起こした柄の悪い面々に囲まれ、翼は項垂れる。
――せっかくやる気を出したのに、これだ。
自分なんかでは、この程度のピンチすら乗り切ることもできないのだと思い知らされ、地面に座り込む。
「……疲れた」
これ以上、体力を借りることに意味を見いだせなかった。
翼の疲労を見届けるなり追っ手の一人が電話をかけ、
「どうしましょうか?」
下手くそな敬語で指示を仰いでいた。
「……。はい、わかりました。待っています」
しばらく沈黙していたが、電話は嫌な言葉で締めくくられた。
察するに、ヤバい大人が来るようだ。
翼は時計を見上げて、まだ午後の六時を過ぎたばかりだと知る。
寂れた公園。
遊具らしいものはブランコが二台と、さび付いた滑り台が一つだけ。どちらにも疲れた不良たちが座っているか、背もたれている。
出入口は北と南側に一つずつ。区切られた歩道ではないようで時折、車が通っている。
東と西はフェンスで仕切られており、超えた先にはアパートのような建物が見えるも、窓は全て閉められていた。
自分の力でどうにかしようにも一、二、三、四、五、六、七……無理。視線で数えている途中で、翼は顔面に蹴りを食らう。
「なに見てんだ、あぁ?」
誤解だが、言葉が通じるとは思えなかった。
そのまま死んだふりをしていると、
「――立て」
苛立ち混じりの命令。
無視すると無理やり立たされ、
「ちっ」
乱暴に地面へと戻された。
こちらに立つ気がなかったせいではあるものの、勝手過ぎると翼は内心で腹を立てる。
ついでに、制服を派手に汚してしまったことを今更ながらに後悔する。
地面に寝っ転がりながら親への言い訳を考えるも、走ってこけたくらいしか思いつかなかった。
――小学生か。
自分で考え、自分で笑う。
周囲は翼に注目しておらず、なにやら険しい顔でひそひそ話。
聞き耳をたててみると、どうやらこの場から逃げたい人間とそうでない人間がいる模様。
全員が、ヤバい大人と面識があるわけではないようだ。
何人かは、このグループのリーダー格に無理やり働かされているだけ。
ならば、ヤバい大人が来る前にリーダー格をどうにかすれば突破口は開ける。
――やるか?
状況的に、電話をかけていた人間がリーダー格なのは間違いない。
残る問題はリーダー格が他にもいるかいないか。他の仲間が、リーダー格を見捨てるかどうかの二つ。
残念なことに、翼が取れる有効手段は死んだふりからの不意打ちしかない。
ただし、それが通用するのも一回か二回。よほどの馬鹿でない限り、三回目は警戒するに決まっている。
そして、少しでも知恵があれば拘束。なければ、感情に任せた暴力――どちらも、避けるべき事態である。
幸いにも、これまで翼は重傷を負った経験がない。
だから、その際に『前借り』がどう働くのかわからなかった。
骨折しても、動けるのか否か。
軽度の出血なら止められるものの、内臓破裂はどうだ? おそらく、痛みを麻痺――感じさせなくすることはできるだろうが、その先は不明。
自分に降りかかるリスクを考慮すると、このままヤバい大人を待つのが得策に決まっている。
相手にとって、羽田翼は鈴宮凛をおびき寄せる為の道具でしかないのだ。
だったら、役目を終えた時点で解放されるはず。
――でも、それなら逃げずに捕まっていればよかった。
――せっかく、目的を持って使ったのに――頑張ったのに!
不意の激情。自分でも理解できない感情の波に翼は苛立つ。
走って走って走った結果が、なにもしなかったのと同じだなんて――ふざけんなっ!
「あん? なんだ?」
翼は起き上がる。
死んだふりからの奇襲すら忘れて、その場で立ち上がる。
「はぁ……はぁ……んなの、認められるかよっ」
まだ、息は荒いまま敵を探す。さっき電話していた奴……
「くっそぉ……わかんねぇ」
地面で寝ている間にポジションが変わっていて、さっぱりだった。加えて、人数自体も増えている。
「はぁ? なに言ってんだおまえ?」
馬鹿にした物言い。
どいつもこいつも、まるで警戒していなかった。
自分が酷く舐められている事実に、翼は更なる怒りを覚える。
らしくないと思いながらも、
「軽んじてんじゃねぇよ」
吐き捨てる。
「走り過ぎて狂ったか?」
それでもなお、笑いの種にされるだけ。
相手は圧倒的な人数に酔ってか、翼を指さして笑う。
「おまえ、自分の立場わかってんのか?」
内の一人が、無防備に目の前にやって来た。
「はぁはぁ……はっ」
まだ酸素が足りていないはずなのに、翼の頭はやけに冷静だった。
――なんだ、大したことないじゃんか。
改めて見てみると、体格は自分とそう変わらない。背も筋肉も、帰宅部の自分なんかとほとんど一緒。
そう思った瞬間、覚悟は決まった。
翼は未来の自分から体力を借りて、息切れを失くす。
そして、初めて人をぶん殴った。
傍から見れば、酸欠でへばっていた人間。それが急に暴れ出した現実に、周囲は対応しきれていなかった。
一人目を殴った翼はそのまま走りだし、
「おぉぉぉぉっ!」
進行方向にいた相手に向かって、馬鹿みたいな正面衝突。
お互いに吹き飛ぶも、翼は治癒力を借りて、すぐさま体勢を立て直す。
頭を押さえて、呻いている相手を素通り。今の衝撃を繰り返すのはよろしくないと、次の障害は拳で払おうと試みて、あっさりかわされる。
「調子にのんなよ!」
からぶったところで蹴りが腹部に刺さるも、足を止めなかった結果、相手はバランスを崩してこけてくれた。
「おぃ、逃がすな!」
ここにきて、やっと命令が飛ぶも遅い。
翼一人を追いかけるには、人数が多すぎた。
誰もが近くにいる奴らがなんとかすると判断したのか、機敏に動いたのはたったの二人。
そんな状況下で、
「――ライダーキック!」
正義の味方が乱入してきた。