第21話 神に成り得る存在
文字数 1,903文字
なんでも、『朧』――ASHをマークしている公安部隊――に不審な動きがあるとか。
定かではないが、こんな田舎に人を送っている気配があるらしい。
それを確かめる。というよりは、牽制の名目で地元民の凛に白羽の矢が立った次第だ。
仮にも、凛は未成年。
一六の頃に勝手気ままに親元を離れたきり、一度も家に帰らず。
これを、ボスは良しとしなかったようでもある。
それも翼の所為だと、凛は内心で腹を立てる。
羽田翼がASHの一員になってから、およそ二カ月。
これが世間一般の一八歳だと、凛は鬱陶しいほどに比べられていた。
彼が馴染んでいる証拠ではあるものの、凛としては面白くない。
また、翼とボスが小難しい話をしょっちゅうしているのも気に食わない。
確かに、自分は物事を深く考えるのが嫌いだ。
一般常識とか社会的倫理観にも欠けているかもしれない。
それでも、人並みに孤独を感じたりはする。
ASHに入ったのだって、仲間がいるかもしれないと思ったからだ。
「だぁーっ! 腹が立つっ!」
そうして、凛は地元の道を見ず知らずの後輩から借りたバイクで走り回っていた。
目的なんてない。
正月でお店が閉まっている以前に、田舎では時間を潰す場所がなかった。
昔の後輩たちは更生していたり、刑務所に入っていたり。なんでも、暴走族という存在がほとんどなくなっているようだった。
おかげで、凛は目立っていた。
人目を引く赤く長い髪を風になびかせ、一夜で街の話題を掻っ攫っていく。
そんな新年早々傍迷惑な独走は、次第に暴走へと成り上がる。
いつの間にか、追従する者が現れ出した。
昔の血が騒ぐのか縄張り意識が働いたのか、それとも男のプライドによるものか。理由なんて知ったこっちゃないと、凛は気にせずに先行する。
気付けば、走り出した時の孤独感は薄れていた。
充分満足したと、凛は後続を振り切って終わりにしようとするも誤算が一つ。
たかが三年と侮っていたが、道が変わっていた。
なにもなかった広場が住宅街になっていたり、新しい道ができていたり。
このままではマズいと焦りながらも、負けん気の強い凛は素直に止まることができなかった。
――もし、誰かが飛び出してきたら轢くな。
洒落にならないことを考えていると、人影が視界に飛び込んできた。
――はっ!?
飛び出しにこそ注意を払っていたものの、飛び下りまでは想定外だった。人影は家の屋根から道路に降り立ったと思いきや、正面から向かってきた。
「――避けろっ!」
凛は自分がすべき行動をイメージして、声に出す。間を置かずして人影の膝が頬をかすり、
「――防げっ!」
空中で伸びてきた手を、右手で払い落とす。
――こいつ……!?
神業的な走行とバランス感覚で凛は難を逃れるも、後続車が続かないことを音だけで理解する。
こんなところで止まったら転倒に巻き込まれると、凛は後ろを気にしながらもバイクを走らせていた。
――走行中のバイクに向かって、乗り手を蹴り落とすと同時にキルスイッチを押す。
人影のしようとしていたことは、常人にはとうてい無理な芸当。そもそも二階とはいえ、屋根から道路に着地するのがまず不可能だ。
しかも、蹴り落とす相手を選んでいるのか、転倒したバイク同士がぶつかる事態も避けられていた。
――間違いない。あの人影は
逃がしてはならないが、救急車と警察車両のサイレンが近づいている。タイミングの良さからして、あの人影が呼んだに違いない。
――自信満々だったというわけだ。
現行犯だけは避けなければならないと、凛は現場から逃げ出す。ここで警察に捕まれば、長期間、拘束されてしまう可能性があるからだ。
もし、『朧』があの人影の存在を知っていたら確実にそうなる。把握と監視はあくまで妥協点で、本音では、『朧』もHを欲している。
ASHの神になり得る存在となれば、なおさらだ。
ボス曰く、決定的証拠さえ残さなければ公安はなんだってする。
殺人者や泥棒を野放しにしても国は沈まないが、思想犯やテロリストを見逃せば国は転覆する危険性があるという考えの元に――
大儀の前では、小さな罪を見逃すどころか犯すことすら辞さない。
そう、全ては日本国家の安寧の為に――