第25話 力の代償

文字数 2,207文字

 朱音初葉(あかねはつは))が施設に入ったのは、小学六年生の時だった。
 理由は家族との死別。
 
 震災事故に巻き込まれ、初葉だけが奇跡的に生き残った。
 
 けどその代償なのか、初葉は記憶を失っていた。それも全生活史健忘――生まれから育ちまで、自分に関する全てを忘れ去っていた。
 
 大きな外傷が見当たらなかった為、原因は心因性。彼女の身に起きたことを顧みれば、あり得ないことではなかったので、そう診断された。
 
 ただ症例通り、社会的エピソードの幾つかを憶えており、そこから辿って初葉の戸籍を見つけることはできた。
 
 それでも、初葉自身は思い出せないまま。
 両親や妹、自分の名前を教えてもあやふや状態。むしろ、パニック症状を起こしてしまうので、次第に治療は諦めるようになった。
 
 似たような症状の人は沢山いたからだ。
 
 また身寄りがなくとも、子供だった初葉には児童養護施設という受け入れ先があった。
 
 しかし、トラウマ的なものなのか、初葉は『おねえちゃん』と呼ばれるとヒステリーを起こすようになっていた。
 そういった理由から、初葉はグループホームへと移された。ここでなら、全員に言い含めることが難しくなかったからだ。
 
 おかげで、トラブルは減っていった。
 
 悠とは度々衝突していたものの、両者の環境を照らし合わせれば当然の流れ。同い年でありながらも、施設生活の長い悠と来たばかりの初葉。
 それも思春期真っただ中とくれば、そう簡単に相容れる訳がない。 
 
 実際、職員の間で施設の移動が検討されるほど、二人は喧嘩を繰り返していた。
 
 だがそれも、彼方がやって来たことで落ち着きを見せる。
 彼方は背が高くて、強かった。
 
 そしてなにより、自分だけの秘密にしていた『力』に気付いていた。
 
 だから、初葉はあっさりと心を許してしまった。心の何処かで、相談できる相手を欲していたのかもしれない。
 
 そうして、初葉は『力』をなるべく使わないよう指導を受けた。

 使えば使うほど、記憶を失う危険性が高いと脅されれば、素直に従うしかない。
 とはいえ、やっぱり子供。初葉は何度か約束を破った。
 その度に、彼方に叱られてきた。
 
 ――昨夜もそうだ。
 
 何故か、彼方には『力』を使ったことがバレてしまう。
 それなのに、初葉は止められなかった。
 怯え、蹲っている悠を見た途端、頭に血が昇っていくのがはっきりとわかった。いつもこれだ。悠が苦しんでいるのを見ると、我慢ができない。

「あー、くそっ!」 
 
 屋根に飛び乗ろうと、足場になりそうな塀や電柱を探すも、人の目が多い。昨夜同様、コートのフードを被ってはいるが、こうも明るいと意味がなさそうだ。
 角を曲がった瞬間、運悪く人に出くわすも、初葉は視線に入る前に視界から消える。

「駄目だ。消耗が激しすぎる」
 
 人目を気にしないでいいぶん、昨夜のほうが楽だった。
 バイクの音はもう、聞こえない。
 赤い髪の女の行方はわからず、初葉はとぼとぼと元来た道を戻っていると、

「――また、使ったろ」
 
 彼方が現れた。またバレているようで、初葉の口から言い訳が漏れる。

「だって……」
 
 受験に失敗したら、悠はいなくなるかもしれない。
 続く言葉は言えるはずなく、初葉はぐっと噛みしめるも、

「ハルカの為なのはわかるが、本当に止めてくれ」
 
 彼方には見透かされていた。

「別に近江の為なんかじゃないし。あんなのがいたら、みんなが怖がるからであって……」
「偉いな」
 
 彼方の手が伸び、頭を撫でる。

「でも、それは初葉が頑張らないといけないことじゃないんだ」
 
 初葉の身長は一七〇を少し超えているも、彼方には関係ないようだ。まだ、子供扱いされる。嫌なはずなのに、彼方が相手だと振り払えなかった。

「施設の人はもういいの?」
「もう帰った。それでハルカに連絡したら、初葉がどっか行ったって聞いてな」
「……やっぱり、かなちゃんは私の居場所がわかるの?」
 
 今まで何度もしてきた質問。いつもなら誤魔化されるのに、

「あぁ、そうだ」
 
 彼方は肯定した。

「初葉に変わった『力』があるように、私にもある」
 
 やっぱり、という気持ちで初葉は聞いていた。

「けど、この『力』に頼っていると駄目になってしまう。初葉が記憶を失くしたように、私も……色々なモノを失くしたんだ」
 
 らしくない態度に、初葉は怖くなってぎゅっと手を握る。
 彼方はありがとうと言うように笑ってから、

「だから、初葉も使わないでいてくれ」 
 
 悲しそうに、懇願するかのように漏らした。
 いつもとは違う窘め方に、初葉は違和感を覚える。

「もしかして、今日、来ていた施設の人……」
「――忘れたくないだろう? ハルカや由宇のこと」
「……うんっ。絶対にやだっ」 
 
 想像しただけで恐ろしくて、初葉は首を振る。きっと、他の人にもバレてしまったのだ。

「大丈夫だ、初葉。私が絶対に守るから」
 
 目に見えて怯えていたのか、また彼方の手が優しく撫でる。

「私っ、私もう……使わないからっ」
 
 何度も破ってきた初葉の言葉を、

「あぁ、わかった」
 
 彼方は疑いもせず、信じてくれた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

羽田翼(17歳)。都内の私立高校に通う3年生。性格も容姿も至って平凡でありながら、脅威の耐久力と持久力の持ち主。

不良に暴行を受けている際、居合わせた鈴宮凜に『超能力とは異なった超能力』の所持を疑われる。結果、宗教法人ASHと公安警察にマークされ――人生の選択を迫られる。

鈴宮凜(18歳)。中卒でありながらも、宗教法人ASHの幹部。

組織が掲げる奇跡――H《アッシュ》の担い手。すなわち『超能力とは異なった超能力』の持ち主であり、アッシャーと呼ばれる存在。

元レディースの総長だけあって気が強く、その性格はゴーイングマイウェイ。

冨樫(年齢不詳)。何処にでもいそうを通り越して、何処にでもいる顔。

宗教法人ASHの創設者であり、部下からボスと呼ばれている。

手塚(年齢不詳)。幅広い年代を演じ分けられるほど、容姿に特徴がない。

宗教法人ASHを監視する公安警察の捜査官。

秋月彼方(33歳)。児童養護施設の職員で、元公安警察の捜査官。

また『超能力とは異なった超能力』の所持者でもある。

父親の弱みを握っており、干渉を遠ざけている。

秋月朧(年齢不詳)。彼方の父親で警視庁公安部の参事官。

『超能力とは異なった超能力』――異能力に目を付けており、同類を『感知』できる娘の職場復帰を虎視眈々と画策している。

近江悠(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

車恐怖症によりバス通学ができず、辛い受験を余儀なくされている。

幼少期から施設で暮らしている為、同年代の少年と比べると自己主張が少ない。

朱音初葉(15歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

震災事故の被害者で記憶喪ということもあり、入所は12才と遅い。

同年代の少女としては背が高く、腕っぷしも強い。

茅野由宇(14歳)。児童養護施設で暮らす中学生。

身寄りがない悠や初葉と違い、母親は存命。何度か親元に返されているものの、未だ退所することはかなっていない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み