第1話

文字数 2,220文字

「先生…父は…父の様子はどうですか…??」
「おじいちゃん…」
「……」
「今夜が…山場でしょう…」
「おじいちゃん!!」



私は1924年、大正13年6月7日に兵庫県の北の方で生まれました。

「母さん、晴子、お国の為に戦いに行って参ります。」

1940年、16歳になった私は、軍人になる為の学校、陸軍少年飛行兵学校に入学する為、故郷を離れました。

「昴、どうかご武運を…」
「お兄ちゃん…」
「晴子」

泣きそうな顔で、ぐっと耐えている妹の頭をくしゃくしゃと撫でました。

「お兄ちゃんがおらん間、母さんの事を頼んだで。」
「…っ、うん…!!」
「そうだ昴、これを」

母さんが渡してくれた包を開けると、私の大好きなおはぎが入っていました。

「母さん…!!ただでさえ食料難なのに。貰えへんよ…!!」
「ええんよ。晴子と一緒に作ってん。汽車の中で食べてな。」
「…うん…!ありがとう…!!」

この時に、母と晴子から貰ったおはぎの味は、今でも鮮明に思い出すことが出来ます。
…少し、しょっぱい味がしたことも。



私が向かった先は、三宮。
兵庫で最も栄えている町。
汽車を降りた途端、生まれ育った故郷とは全く違う世界に、私は驚きを隠せませんでした。
地図を見ながら、学校の寮の場所を探す。
【三ノ宮第二寮棟】
これが私が暮らす寮の名前です。



地図を見ながら寮を探します。

「えっと…こっちか?」

地図に集中していたからか、その時の私は前方不注意の状態でした。
ドンっと何かにぶつかる感覚がありました。

「!!?ご、ごご、ごめんなさい!!」

ぶつかったのは、同じ歳ぐらいの軍服を着た少年。

「あ、あの!!どこか怪我したりしていませんか!?」
「大丈夫大丈夫!!毎日鍛えてるんやから、これぐらいで怪我せぇへんよ。」
「本当にすみません…。僕、田舎から来たばっかりで…」
「もしかして、三ノ宮第二寮棟を探しとるんか?」
「あ、はい!!この春、陸軍少年飛行兵学校に入学する事になりました!!」
「なんや、俺と同じやん!ついて来ぃ。案内するから。」
「え?、え??」



「俺も、陸軍少年飛行兵学校に入学する為にここにいるねん。」

少年に案内され、寮に向かいます。

「そういや自己紹介してなかったなぁ。俺の名前は米田浩二。」
「僕は田中昴。」
「歳が近いやろから、もっと気軽に話してな!」
「うん!!」

三宮に来て、初めて出来た友人の彼。
私はこれから、彼に何度も助けられる事になります。

「しかしなぁ…。田舎から来たとはいえ、これから軍人になるってのに、方向音痴なのはどうかと思うで〜」
「うっ…」
「なんてな!!これから嫌って程鍛えられるやろ!!」



寮は4人部屋でした。

「まさか米田くんと同じ部屋やなんて。」
「ほんまな!!」

部屋には既に2人いました。
彼らの名前は長谷川進と白川稔。

「よろしく」
「よろしくね!昴くん」
「こちらこそ!」

長谷川くんと白川くんと、握手を交わしました。



この寮には寮母さんがいました。
皆は寮母さんの事を
『おかみさん』
と呼び、実の母親の様に慕っていました。

「さ、ご飯出来たよ!!」

食べ盛りの私達は、おかみさんが作ってくれた料理を一瞬で平らげます。
食料難の中でも、一生懸命栄養を考えて作ってくれた料理。
あの味を忘れる事はありませんでした。

「あら、あんた、初めてみる顔だけど…」
「はい。今日からここでお世話になります。田中昴です。」
「あらまぁ!えらい美形の子やないの!!いやぁ…私があと20歳若かったら…」
「え?」
「何言ってんねんおばちゃん(笑)」

おかみさんは、とても賑やかな方でした。
戦争が激しくなっても、笑顔を忘れない方でした。きっと、私以外にもおかみさんの笑顔に救われた兵士は多かったでしょう。


寮に入り1週間程経った頃、入学式が行われました。

「(あぁ、本当に軍人になるんだ…!!)」
「全員解散!!」
「はっ(敬礼)」

これから厳しい訓練、勉強が始まります。



「田中!!的にかすりもしていないじゃないか!!」
「も、申し訳ありません!!教官!!」
「おい、あれを持って来い」
「はい」

パチーンという音が、訓練所に響きました。

「っっっっ!!!!」

学校では、体罰が当然の様にありました。
先輩からも殴る蹴るをされる事が多かったです。覚悟はしていましたが…

「いって…」
「大丈夫か?昴」

長谷川くんが私を心配して、そばに来てくれました。

「何とか…」
「ちょっと待ってろ。手当するから。」

長谷川くんは、ポケットから応急処置の道具を取り出した。

「いつも持ち歩いてるん?」
「ああ。年子の弟がいてな。
よく怪我するからいつも持ち歩いてるねん。」



「“勤”っていう名前なんやけだけどな…。
小さい頃から『兄ちゃん兄ちゃん』って
俺の後ろをついて回っててん。」

長谷川くんの言葉に、妹の晴子を思い出しました。

「『飛行機の整備士になる』って言って、勉強しているねん。」
「そうなんや。長谷川くんは、弟ととても仲が良いんやね。」
「ああ。」
「昴くん!!」

長谷川くんと兄弟の話で和やかな気持ちになっていた所に、救急箱を持った白川くんが走って来ました。

「白川くん!」
「あ、もう手当したんやね。」
「もしかして、手当しに来てくれたの?」
「う、うん。出遅れちゃったけど…」

私と長谷川くんは、白川くんの頭を撫でたり、頬を指で突いたりしました。

「え?え!!?何!?」
「ありがとうね!!白川くん!!」

私がとても辛い訓練を耐えて乗り越える事が出来たのは、彼等の存在があったからだと思います。
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