第56話

文字数 1,147文字

紗和目線の物語⑨

そして、浩二くんが田中家に来る日になりました。

「お邪魔します。」
「浩二くん!!」

私は浩二くんの元へ駆け寄り、帽子と上着を受け取りました。

「紗和ちゃん、元気にしてたか?」
「うん!凄く元気に快適に過ごしてるよ!!」
「あら浩二くん、お久し振り。」
「お久し振りです。」

浩二くんはお義母様に頭を下げました。

「晴子ちゃんも、お久し振りやな!」
「はい!!」
「あぁ、せや。紗和ちゃん、これ。」

浩二くんに手渡されたのは、分厚い封筒。

「これは…」
「昴からの手紙。」
「!!」
「あの、米田さん…」
「ん?どうしたん?
…あ、紗和ちゃん。ゆっくり読んでな!」

浩二くんは晴子ちゃんに呼ばれて行きました。



私はお部屋で昴さんからの手紙を読みました。


『愛しい紗和さんへ

米田くんから聞きました。
僕の実家で過ごされているみたいで、心から安心しています。
僕も一緒に帰省したかったけど、どうしても日程的に厳しく、後日になりそうです。』


浩二くんが直接渡してくれたから検閲は無いので、普段は書かれない昴さんの思いが沢山書かれていました。
最初は思わず顔が赤くなる愛の言葉が多かったのですが…


『……紗和さん、僕と交わした約束を覚えていますか?』


忘れる筈がありません。
昴さんと交わした約束…。
“何をしてでも生きる”
と言う約束。


『あの約束、守れなくなります。
ごめんなさい。』

「!!」

『“神風特別攻撃隊”の情報は、そちらにも回っているでしょうか?
僕の実家は田舎なので、情報はかなり遅いかもですが…。
まだ何時になるかははっきりとは決まってはいませんが、呉から知覧へ向かいます。
知覧の特攻基地から戦闘機に乗り、
敵に体当たりします。
体当たりした兵士は、ほぼ確実に死にます。
いずれ僕も知覧へ向かう事になるでしょう。』

「そんな…!!昴さん…!!」

『正直な気持ちを伝えると、お国の為とは言え、死にたくないです。
紗和さんと、もっと一緒にいたいです。
一緒に人生を歩みたいです。
お互いの夢を叶えたいです。
でも、自分の部下が次々と知覧へ向かい特攻しているのに、僕だけ逃げる事は出来ません。』


涙が止まりません。
便箋にも、涙の様な跡がありました。
昴さんも、手紙を書きながら涙を流していたのでしょう。


『恐らく次に会うのが最期になるでしょう。紗和さん。貴女は、初めて心から愛した女性です。何よりも大切な、大切な女性です。
そんな貴女には、生きて欲しい。
何があっても、生きる事を諦めないで欲しいのです。』


正直、私も特攻が出来たらどれだけ幸せだろう。と思いました。
ですが、私に戦闘機の操縦なんて出来なさそうですし、そもそも女性が知覧の特攻基地に近付く事も困難なのではないか…
とも思うのです。

「紗和ちゃん。」
「!」

引き扉の向こうから、浩二くんの声が聞こえました。
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