第11話

文字数 665文字

呉へ向かう当日。
出発の1時間前に、私は紗和さんを秘密の場所に呼び出しました。

「紗和さん、来てくれてありがとう。」
「うん。…」
「出発前に、どうしても2人きりになりたかってん。」

私は、毎日こつこつ作っていたぬいぐるみを紗和さんに渡しました。

「これ…、昴さんが作ったの?」
「うん。」
「可愛い…。」
「このぬいぐるみを僕だと思って欲しい。」

紗和さんはぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて、こくりと頷きました。

「昴さん、私のお願いを聞いてくれる…?」
「聞けることなら。」

「口付けを、して欲しいの。」

「…うん。」

私は紗和さんの肩にそっと触れ、
唇を重ねました。

「………」

初めての口付けの味は、涙の味でした。
唇を離し、私は紗和さんの涙を指で拭いました。

「紗和さん、どうか…
どうか、お元気で…!」

私も、涙で顔がぐちゃぐちゃになっていました。
紗和さんとの別れは、家族との別れとはまた違った辛さがありました。

「ねぇ昴さん。これから言うことは、
私の独り言やから。」
「うん」

「昴さん、私、ずっと待ってるから…。
だから、生きて帰って来て…。」
「………」

私は何も言わず、紗和さんを抱き締めました。



そして、とうとう出発の時間となりました。

「お前達と共に、呉へ向かう川本軍曹だ。
全員揃ったな?」
「「はっ!」」
「よし、では出発!!」

地元の人が、お見送りに来てくれました。
その中に、紗和さんとおかみさん、
松本さんのお母さんもいました。
松本さんがいない事が少し気になりましたが、私は紗和さんに敬礼をしました。


1942年4月。
私達は広島県の呉にある軍事基地へ向かいました。
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