第61話

文字数 1,255文字

起床ラッパがなる前に、長谷川くんが戻って来ました。

「鍵、ありがとうな。」
「うん。」

長谷川くんは部屋に入ると、机の引き出しから封筒を取り出しました。

「昴。これ、お前宛の遺書や。」
「!」
「浩二は?寝とるんか?」
「もうそろそろ起きるよ。ラッパ鳴るし。」
「そうか。浩二宛の手紙はここに置いておこう。」

起床ラッパが鳴りました。

「んー…おはよー。」
「おはよう。」
「おはよう、米田くん。」

米田くんが準備を終えるのを待って、
点呼に向かいました。



そしてとうとう、出発の時間が来ました。

「「田中軍曹!!」」

徴兵された大学生の部下達が、私の所に来てくれました。
彼らも、今日の知覧行きの船に乗ります。

「田中軍曹。短い間でしたがお世話になりました。」
「田中軍曹の部下になれて良かったと、
心から思っています。」
「2人とも…!!」

本当は行きたくないだろうに。
家族や恋人を残して死にたくないだろうに…。
2人は笑顔で私の元へ来てくれました。

「こちらこそ。頼りない歳下の上司だったと思うけど、ついて来てくれてありがとう。」
「そんな!頼りないだなんて。
俺、生まれ変わったら、また田中軍曹の部下になりたいです!!」
「俺も!…あ、いや…。
俺は友人になりたいな。共に学び、語り合いたいです!」
「うん!一緒に遊びに出掛けたりもしたいなぁ!」

本当は涙腺が崩壊しかけていましたが、
部下の目の前で泣く訳には行きません。

「それでは、お先に行ってまいります!」
「成功を祈る!」

互いに敬礼をし、船に乗り込む2人の背中を見詰めていました。



「進さん」
「莉子」

長谷川くんは、松本さんに綺麗に梱包された箱を渡しました。

「ありがとう。」
「ーーー。」
「うん…!!」

途中、長谷川くんが松本さんに何を言ったのか上手く聞き取れませんでしたが…。
きっと、2人だけの秘密の会話なのでしょう。
長谷川くんは私達に敬礼をしました。
私達も、長谷川くんに敬礼をします。

「高橋曹長。今まで大変お世話になりました。」
「ああ。こちらこそ沢山世話になった。
成功を祈る。」
「はっ!」

「甲斐」
「はっ!」
「とても優秀な後輩で、凄く助かった。
これからの健闘を祈る。」
「はっ!ありがとうございます!!」

「昴、浩二」
「「…っ!!」」

泣くな自分…!!
何度も頭の中でそう唱えます。

「俺の…親友になってくれて、ほんまにありがとう…!!」
「…っ、こちらこそ…!親友になってくれて、ほんまにありがとう…!!楽しかった!!」
「俺も、楽しかった!!
すぐに後に続くからなぁ…!!」
「最後に莉子。」
「…はい。」
「ずっと、俺の側にいて、支えてくれてありがとう。」
「こちらこそ…っ、私の事、好きになってくれて、ありがとう…!!」
「莉子…!!」

長谷川くんは、松本さんを抱き締めました。



船が出港する時間になりました。

「それでは、行ってきます。」

長谷川くんは、引き締まった表情で、船に乗り込みました。
長谷川くんが乗り込むと、船はすぐに出港しました。

「進さん!!…進さーーん!!!」

松本さんは、船が見えなくなっても、
暫く海を見詰めていました。
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