1-1 overture

文字数 1,211文字

 目を開いても、そこは真っ暗闇だった。
 目上に灯る篝火が、かろうじて密室の様子を浮かび上がらせていた。部屋の端で壁にもたれかかっていた自分を把握して、違和感を覚えた。あの時確かに、自分は机にもたれかかって寝ていたはずだ。
 そこで意識が覚醒した。今この状況に対し、意識より先に体が危機を知らせた。全身を覆う寒気に身震いしながら、部屋の中を見回した。
 誰もいない。俺一人だ。

 脳内に浮かんだのは、現代日本の享楽的なお伽話。
 片手に収まる端末で、幾度もそんな物語の入口が広告の姿で誘っているのを眺めていた。この間取りや床、壁の材質からして、明らかにこの世のものとは言えないもの。
 「この世のものとは言えない」という言葉が脳裏に浮かんだところで、もしやと頬をつねってみた。しかし、痛覚は「これは現実だ」と判断したようだ。自分の場合、夜中に見る夢はどんなに猟奇的でも痛みを覚えず、ただそういう映像として処理していた。

 ため息をつき、思考をリセットさせた。こんな時に呑気なことを考えてる暇はない。すっくと起き上がり、辺りを見回す。こんな緊急時に、嫌に冷静な自分がいる。恐怖や好奇心よりも、生存本能が自分の理性と接続し、次の行動を示しているかのようだった。
 左斜めに扉があった。少し開いているのが微かに分かる。このまま暗がりを進むのは心許ないだろうと思い、壁際に捨てられていた松明を手に取った。壁の篝火から火を貰い、扉の方へ進む。
 扉に鍵はかかっておらず、扉を押すと鈍い音と共にゆっくりと開いた。扉の真正面には壁があり、左右には通路が伸びていた。
 俺は通路の壁を見て、少し驚いた。壁面に沿うように、管が一帯を通っていた。その管の内側からは、かぐや姫の竹のように薄明るいオレンジの光が僅かに漏れていた。

 ここは牢獄のようだったが、しかし廃れた工場のようでもあった。この暗所だけでは、ここがどういう場所なのかを判断するのは難しい。
俺はとりあえず、右に向かうことにした。左手に松明を持ち、右手で壁を伝いながら歩いた。もしもここが迷宮なら、右の壁伝いに進めば必ず出口が見つけられるはずだ。
 歩くうちに少しずつ理性が削がれていった。時折何かが砕ける音がして、俺の心臓が跳ね上がる。足元を照らすと、砕け散ったのは骨だった。その隣には誰かの頭蓋骨。動揺が上擦り、声として響いた――だが、そいつに抱いた違和感が理性を呼び起こし、俺は疑問を抱いた。
 この頭蓋骨……妙な形だ。後頭部が伸び、眼窩が顔面の真正面を向いていない。それに鋭い牙、まるで大型の爬虫類のようだ。

 その時に抱いたのは一層の恐怖ではなく、純粋な好奇だった。動揺で薄れていた本能が、また俺の意識を先導した。その後も何度も同じ頭骨を確認しながら、俺は暗闇をうろついた。
 しばらく歩くと、外からの白光が曲がり角の先に見えてくる。出口はもうすぐと確信した俺は、勇み足でこの地下通路を抜けていった。
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