4-5 決意は同じ

文字数 2,147文字

 ノワレは、俺から見てテーブルの右手にある大きな掲示板の方へ移動した。そこには彼女が書いた様々な書き置きと、セントラルの地図が鋲で留められている。セントラルの島の形は、ちょうどほぼ左右対称のハート型だ。ハート下部の先端は割れていて、中央の方まで湾を作っている。
「私たちが目指すのは、ラナ湾岸の都市・セントラル市にある聖地、その最奥にある櫻樹<プロテア>だ。プロテアの根元でお隠れになっている竜神ウル――<シュージャン・ウー>を呼び覚ます。そのためには、櫻樹の中枢までナミノくんを導いてやらないといけない」
「プロテア……櫻樹の元の名ですね。どうやってナミノを連れて行くんでしょう」
 ハヤンさんの質問に対し、ノワレが回答する。
「詳しいことはセントラルにある拠点に行って話すけど、基本的には夜陰に乗じて聖域へ使うことになる。祭壇から中枢へ連れていけば、後は竜神と『交信』をして、キミの記憶を媒介に竜神が地球へと帰郷させてくれるってわけ」
「……そんなに上手くいくものなんすか?」
「もちろん、別の手もある。仲間たちと一緒に竜髄爆弾を使い、櫻樹の枝を折って道を作る計画とかね」
「な……⁉︎」
 さらりと言ってのけたノワレの計画案に、俺は愕然とした。彼女のやろうとしていることは、おおよそ『冒涜』という言葉では済まされない。
「ふふ、そこまでしたら後悔先に立ちませんね。ナミノ君だけではなく、私たちにとっても一世一代の大舞台です」
「そこまでして、お二人は――みんなは無事で済むんですか?」
「安心して、無事に生きていれば匿う場所は用意してある。それに、この件であたしたちが『犠牲者』になっても別に構わないんだ。世界を大きく変えるには、現状人の意志という『生贄』がつきものなのだから。もっとも、オルドやヒグルマたちを巻き込むのは本意じゃないけどね」

 仮に俺が竜神と『交信』し、フラクシアから故郷へ帰ることができても、その後押しをした者たちはフラクシアに残る。それは必定、犠牲を伴う行為だ。ノワレたちはそう意味でも生贄なのか。なんと皮肉めいた、悲しい運命だろうか。
「……そうまでして、ノワレさんは何を成し遂げたいんです?」
 そうして心に宿った嘆きから、俺は自然とノワレに尋ねていた。彼女の行動の核心を知りたいと思ったからだ。
「そうだね」
 ノワレは顎に手を当てて、少し考えた。それから、「この世界の過去のことだけど」と前置きした上で、自らのことを語った。
「あたしの祖父母は、数十年前の<デムセイル戦争>で故郷を失ったんだ。流れ着いた場所は、って街。『新しいデムセイル』って意味なんだけど、そこでは故郷のようにつつがなくは暮らせなかった。崇暁教の兵士と民間の自警団が手を組んで、やりたい放題やってね。最終的にはそこからも離れちゃった」
「……悲しいことがあったんですね」
「そうだね。それでも祖父母は<我が君>を信奉してた。おかしいと思わない? 自分を虐げてくる教団の神を崇めてるって。あたしだったら耐えられないよ」
 軽妙な口ぶりで話すノワレの口はいつもどおり笑んでいたが、目はそうではなかった。崇暁教の力による支配。サラ・デムセイルには『自由』というものが存在しなかったのだろう。
「祖父母と同じような人は、その街に何人もいた。それが許せないのがあたしたち子孫で、敵味方関係なしにこうしてデカいことやってるわけ」
「……それって」
 俺はノワレの言っていることに、ある種の納得を持っていた。
「生き方や、生きた証が歪んでしまうことが、耐えられないってことですよね」
 ノワレの祖先の生き方は、森人集落で先生が言っていた『英霊』の話にも通じる。本来彼らは、彼らにとって相応しい生き方や生き様があるはずだった。ノワレの祖先は、崇暁教に信仰の自由を奪われない生き方もできただろう。いわゆる英霊たちも、『護国の英雄』として扱われず、崇暁教というものに翻弄された『悲劇の命』として語り継ぐことができていたはずだ。
 彼らは歪まされているんだ。己の生き方を、そして生きた証を。生き方が歪まされるのは、<我が君>の意思という虚構によって、いくらでも縛られてしまうからだ。生きた証が歪まされるのは、『死人に口なし』を良いことに、彼らの悲運をいくらでも改竄できるからだ。

「……その通りだよ」
 いつの間にか微笑みが消えていたノワレの口角が、わずかに上がった。
「私たちは在るべき『自由』のために生きるんです。崇暁教が目指す『天壌無窮の繁栄』など、私たちにとっては猫に小判。この『フラクシア』という世界の名は、元々『万物流転』を意味していますから」
「ハヤンの言う通り。あいつらの望む『天壌無窮』なんて、あたしたちには必要ないし、いらないんだ。あたしはあたしの求める通りに生きたいんだよ」
 俺たちは俺たちの求める通りに生きる。それを阻むのが崇暁教だというのなら――やることは一つだ。
「難しい話になっちゃったね。作戦の続きは夜に伝えよう。大丈夫かな?」
「分かりました。でも、端からやることは決まってますよ、俺は」
 俺はそう答えて立ち上がり、ノワレに手を差し出した。彼女はにっと笑い、勢いよく俺が出した手を掴む。
「じゃあ、よろしくね。あいつらとは違う<ワタリビト>」
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