2-1 文明の相違

文字数 1,885文字

 今更だけど、俺の旅してきた『異世界』は狭い、ということだけは記しておかないといけない。<フラクシア>という世界は確かに広大だ。見果てぬ海の向こうには、二つの巨大な大陸が向かい合うように位置し、様々な人種が現実世界のように存在する。ただ、俺が経験した今回の旅行記の舞台は、あくまで<セントラル>という孤島だけだ。
 だがそのセントラルも一言で言えば、よく混ぜられたサラダボウルの、一掬い程度の多様さがある。さっきも言ったように、ここにも色んな人がいた。だが彼らはみな、思い思いの考えである一つの物事に向き合っていた。
 それが<崇暁教>だ。そしてそれは少なからず、俺の出自にも関係のある物事だった。

 見知らぬ世界の旅は、現実のそれよりも多くの刺激を得られていた。どこまでも澄み渡る青空は、まるで何者にも縛る必要がないと天が判断しているかのように、広々として限りがない。風の向くままに進む綿雲が、気まぐれに形を変えながら空を旅している。
 大地に目を下ろすと、空を走る雲に手を振るように、草原が風に靡いて色彩が移り変わる。青い世界を縫い合わせるように街道が延び、道に沿って進めば、向こうから馬に乗った旅人とすれ違う。その度にヒグルマさんが「馬、欲しかったなァ」と軽口を叩き、オルドさんがそれをたしなめる。

 旅程は今のところ、俺が思っているよりも牧歌的だ。突然どこかしら現れる魔物も、橋の外れで旅人を伺う賊徒の類もいない。<セントラル>は平穏な土地だった。この島には、用心すべき不条理を予防する治安が維持されているようだった。街道も石畳ではなくなったが、それでもよく均されていて幅も広い。細やかなところまで『整備』されている。
「今日は北の山地の中腹で野宿にしよう。あそこは北の山越えの野営地があるらしい」
 オルドさんが地図を見ながら、同行する皆に計画を伝える。山の中で野宿ができる程度には平穏、ってことなんだろう。

 狩りでもしないかとヒグルマさんが言ったが、セントラルの森林は教団の管轄だとハヤンさんが付け加えると、「ちぇっ」とむくれた。山林の管理を崇暁教がしている。これもセントラルを守る『整備』の一つだろう。
「セントラルの風光明媚さは、此岸大陸の森人にも知れ渡っていますからね。手入れは大事なのでしょう。森人と言えば、北の山地の峠近くに森人集落があるのでしたね。あそこなら良いご飯にありつけますよ」
 前方にいるハヤンさんが正面を向いたままオルドさんの発言に応じると、ヒグルマさんはさらにうなだれた。
「そうかあ、それまで保存食かぁ。辺境の旅もいいんだけど、新鮮な飯が食えないのは調子狂うなあ。ナミノもそうだろ?」
「そうっすね……今まで温かいご飯を食べてたけど、いきなり食生活が変わるのは慣れないっすよ」
「あら、でしたら今夜はナミノ君の歓迎会と致しましょうか。各位、料理の腕は振るえますか?」
 ハヤンさんが俺を振り向き、にこりと笑いながらそう提案したので、俺は目を輝かせた。ヒグルマさんは肩を回して、
「火起こしと包丁捌きなら任せてくれ」
 と得意げに答えた。
「へえ、ヒグルマさんって器用なんすね」
「まあな。服を着させるのだけは、爪で生地が破れるから苦手なんだけどよ」
 俺は本心から、大きな腕をした竜人の意外な特技に驚いた。すると彼はさらに気を良くし、剣山のように生えた八重歯を剥き出しにして大きく笑った。ヒグルマさんは年相応の含蓄がある人物だが、それでいて少年のような快活さもあった。
「ああ、ちなみにオルドは火加減の調節ができるぞ」
 屈託のない笑顔が間もなく移り変わり、とってつけたようにヒグルマさんはオルドさんをフォローした。当の本人はむっとして、
「なんだよ、ついでのように言うじゃないか。まだ僕を世間知らずのガキと思ってるのかい?」
「いやいや、ちゃんとお前を立ててあげたんだぜ。お前の火を見る能力は実際丁寧だよ。いつも汁ものはアツアツ、串焼きは焦げ具合が絶妙、それでいて焦げすぎないから後片付けが楽だ」
「ふふ、お二人は料理上手なのですね。ナミノ君もそうなのですか?」
「俺ですか? 簡単な炒め物とか鍋物はできますけど、レンチ……ああ、簡単に済ませることも多いです!」
「あら、良いですね。料理の才を伸ばそうとするその姿勢、健気で素敵ですよ」
 俺はごまかすように頭を掻いて苦笑した。レンチンとかレトルトとか、そういうのは通じるはずがない。文明が違う以上、変なことを言っても誤解を生むだけだろう。この三人は良いとして、フラクシアはともすれば、俺が思っている以上に保守的かもしれないしな。
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