5-6 二度目の襲撃

文字数 1,657文字

 展望台の碑文を背にし、向こうの長椅子で休息しようとしたところ、オルドさんの人影が坂の下から現れた。
「おう、早かったじゃねえか。聖域の感想はどうだった?」
 ヒグルマさんが目を大きくして尋ねると、オルドさんは興奮冷めやらぬ様子で、
「とにかく、凄かったよ。<我が君>の御神体である櫻樹が、自分の目の前にあった。ただただ圧倒されるばかりの存在感だったよ」
 と、鼻息を荒くして語った。瞳に映る興奮の煌めきは、純粋なる信心で一層輝いているように見えた。
「そうなのか。是非聞いてみたいもんだな」
「もちろん聞かせてあげるよ。目で見られない分、口頭でいくらでも話してやれるさ。橋を越えた先の景色といったら――」

 オルドさんが熱っぽく語り出す直前、俺は空気の匂いに眉を顰めた。セントラルを囲う海原から漂う潮風に、ほんの少しだけ炭で焦がしたような匂いが立ち込めた。
「ねえ、あれ何が起こってるの⁉︎」
 オルドさんの背後の方から、恐怖で震える声がした。それから、驚いた人々が街並みを見下ろせる方へ、続々と向かっていく足音がした。俺たちが群衆の方を見やると、街の方から黒煙が立ち上っているようだった。
「すぐに向かうぞ!」
 ヒグルマさんの声と同時に、俺たち三人は街へ向けて走った。聖地前の四つ辻を曲がり、仲見世通りの南端まで戻る。

そこは混乱する町人でごった返していて、人混みの奥には鋭い切先のようなものが見える。十文字の穂先を拵えた槍のようだが、持ち主が小さくて見えない。
「どうやら、ドワーフたちが道を封鎖してるみたいだね」
 ドワーフ。つまり、森人集落の奴らか。あいつら、まさかゴブリン谷を通ってセントラルまで来たのか?
「これはこれは。いつぞやのワタリビト諸君ではないか」
 前方から聞き覚えのある声がする。声の主は――前方から闊歩してくる馬の騎手のようだが、姿が馬首に隠れてよく見えない。蹄を鳴らす鎧姿の馬が近づくと、槍を持ったドワーフ隊が列を開けた。そして行列を通り越した頃、騎手はひょいと馬から降りる。
 具足に身を包んだ小柄の剣士。森人集落の宿場前で邂逅した、あの侍だ。
「ここで会ったが百年目。そこの男と大蜥蜴は、森で晒し首にしてくれる。ワタリビトは生け捕りにし、聖地で生贄としてくれよう」

 ゆっくりと刀を引き抜き、構えを取る小柄の武士。そしていざや突撃、目の前まで迫り来ようとした瞬間――背後から凄まじい勢いの暴風が吹き荒れる。
「オルド、ナミノ、隠れるぞ!」
 突然押し寄せる風の衝撃をやり過ごすため、俺たち三人は店に逃げ込んでやり過ごした。襲い掛かろうとした侍ドワーフやその取り巻きは、荒野を転がる草のように情けなく吹き飛ばされてしまった。立ち往生していた群衆に関しては、俺たちに倣って皆店の中に隠れたようで、殆ど被害はなかった。
 風が止んだ頃、俺たちは真っ先に通りに出て、風の主を探した。
「ここです、ここ」
 上から声がしたので見上げてみると、屋根の上で腰を下ろすお馴染みのエルフの姿があった。
「ハヤンさん、無事だったんすね」
 軽妙に屋根から飛び降りたハヤンさんの元へ駆けつけて、俺たちは安堵した。
「案の定、森人集落の過激派のようです、見たところ、降天派の『黎明会』の者のようでした」
「降天派か。奴らは転移至上主義者だ、ナミノが捕まらないようにしないとな。隠れるところはあるか?」
「展望台より南に、<極彩の壁>と呼ばれるオカツカ地区があります。豊かとは言えませんが、気骨ある者たちが人種を問わず集っています。ノワレも今そこにいますから、案内しますね」
 先導するハヤンさんを追いかけながら、俺たちはさっき来た道を戻り、聖域前の四つ辻と展望台の分かれ道を通り過ぎていく。

 今日は忙しい日だ。旅路はゆっくりと着実に歩んでいったが、目的地に着いてからは加速度的に事の展開が早まっていく。その激動に耐えなければ、俺はこの旅路にケリをつけられないんだ。四つ辻を曲がる時に一瞥した『櫻樹』が脳内に焼きついて離れないまま、俺は外套をはためかせていった。
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