1-3 セントラルとは

文字数 2,851文字

「ようこそ。<狡人>、<竜人>合わせて三名だね」
 扉を開けるなり、カウンター越しにいる店主が俺たちを歓迎した。
「店主さん、二階を使っても?」
「ああ、いいよ」
 オルドさんにそう返答した酒場の店主は、他人への関心を失ったような無気力さがあった。
 階段を上がり、二階の窓側、外光にうっすらと照らされた席に俺たちは座った。腰を下ろすなり、ヒグルマさんが意外そうに呟いた。
「珍しいな、こんな早く『許可』貰えるのかよ」
「だよね、普段は竜人入店の手続きで時間を食うはずなのに」
 会話を聞いて、俺は驚いた。この世界じゃ、ヒグルマさんみたいな人は店に入るのにも許可がいるのか。
「手続きのない店か。なるほど、うらぶれてる――ああ悪い、世間話してる場合じゃなかったな」
 雑談をそこで区切り、竜人はオルドに経緯を簡潔に述べる。

「えっ! やっぱり君が――」
 ワタリビト、と言おうとしたところでオルドさんは口を噤んだ。それから二人は俺に質問を促した。
「とりあえず、この服がダメな理由から説明してほしいんすけど……」
 この制服は、外套で覆わなければならないほどのまずい服装なのだろうか。そう聞くと、オルドさんが頷いて答えた。
「ああ。君の服は確か、伝承に聞く通りのワタリビトの格好だ。黒い詰襟に、縦に並ぶ金の丸ボタン。どうしてこんなところに、<崇暁教>の敬虔な信者がいるんだろうと思ってたんだよ」
「だが、信者は普通いきなり廃屋から出てこない。外であの格好をしていいのは、演劇の限られた舞台だけだ。仮装もダメだな」
「そんな厳しいんすね……」
「そうだな。それに近頃妙な報せが広まってな。それが――」
「『転移』の話だね」
 オルドさんがヒグルマさんの言葉を遮り、先回りして答えた。心なしか、目が輝いてるように思える。
「そうそう……お前は『転移』の話になるといつもこうだなぁ」
「当たり前だよ。目の前にワタリビトがいるなんて、夢にまで思わなかったさ」
「ハハハ……まあとにかく、お前んとこの世界とフラクシアが繋がって、何者かが流れ着いたって話さ。だが問題なのは、わざわざ<セントラル>に呼び出したことだな」
 そういえば、ここって<セントラル>って場所だったな。でも一体、何にとっての『中心』なんだろう? そんな疑問を俺はヒグルマさんに問いかけてみた。見るからに含蓄がありそうなヒグルマさんだが、彼は「そういうことはオルドが詳しい」と言い彼に話を回した。
「このセントラルは、単純にフラクシアにとっての『中心』だからだよ。殆どの地図では、この島は東西にある二つの大陸間の中心に位置しているんだ。
 想像できるとすれば……二つの大陸は、向かい合った天使のような形をしていてね。東は<此岸大陸>、西は<彼岸大陸>と呼ばれてて、それらが挟む<愛の大洋>にセントラルがある」
「愛の大洋は『心臓』の形、その真ん中に浮かぶセントラルは『愛の島』さ。ここには竜神様の愛の御柱、<櫻樹(おうじゅ)>がある……って話さ。ついでに島の形も心臓型だ。『先端』が欠けてるがね」
「セントラルの地図は……これだな」
 オルドさんは徐ろに地図を取り出し、広げて見せた。少し歪だけど、確かにハートの形だ。南にある先端は割れていて、海峡のような狭い港湾を形成している。よく見ると、北にあるハートの膨らみの間には「巌ノ街(イワレハ)」と、多少崩れた文字で書かれている――

「……ん?」
 おかしい。この地図、妙だ。いや、妙なのはこの場合、地図じゃなく自分と言うべきか。
「どうかしたのかい?」
 オルドさんが呼びかける。浮かんだ疑問に関しては、正直に答えたほうがいいだろうな。
「この文字……読めるんですよ。俺たちの世界の文字と似てる」
「そりゃそうさ。この文字はお前達ワタリビト由来のものなんだ」
 そう言われて、俺の頭の中に冷たい高揚が巻き起こった。
「君たちの世界との繋がりは、少なくとも十数世紀以上はあるんだよ。僕たちがこうして言葉で交流できるのも、その証拠だ」
「待って、じゃあこの世界って――」
 俺はそこで言葉を切り、冷静になるよう努めた。
「一度滅んでた、ってことっすか……?」
 二人は俺の反応を笑い半分に理解するように、うんうんと頷いた。
「フラクシアの歴史を学ぶ際、必ず頭に入れるところさ。君たちの世界の文明を、有効に使わせてもらったよ」
「正確に言えば、異界の『一角』だな。このフラクシアに通ずる場所はそこだった」
 異界の一角……言いたいことは分かる。つまりは『極東』、そういうことか。
「まあ、それでも今のワタリビトの扱いに関しては、察せるだろ?」
 話題を転換するように、ヒグルマさんは俺に問いかける。
「俺は……誰かに追われてるんですか?」
「追われてるよ。僕と同じ<崇暁教>の人物に」
「すうぎょうきょう?」
 俺にはその固有名詞がよく分からなかった。オルドさんはおや、という表情をして、言葉を続けた。
「君の住んでいる場所の宗教も関係あるんだよ。正確に言えば、遥か昔からある古代の<崇暁教>という宗教が、君たちワタリビトの宗教と混ざり合ったものさ。およそ百年前に、『新たなる古代』として復古した宗教、それが『新・崇暁教』」
 俺はそこで、不穏な感情を声に出したくなった。困惑を何とかごまかしつつ、その場を取り繕うことにした。
「オルドはその崇暁教の祭司の坊ちゃんさ。このオレ、ヒグルマは付き人。幸か不幸か、お前は崇暁教の信者には好かれてるぜ」
 好かれてる、か。都合のいい存在と訂正してほしいんだけどな。
「どう言う理由で好かれてるんです?」
 俺はそう聞くと、ヒグルマさんは真剣な面持ちで返答した。
「お前も薄々分かってるんだろう? ここセントラルは崇暁教にとっての中心でもある。そんな所にワタリビトが降りてきたんだ、今頃血眼になって探してるだろうよ」
「……何となく、そう思ってました」
「ああ。同じ信者からしても危ないと思うよ。捕まったら何をされるか分からないからね」
 面と向かってそんなことを言われると、ぞっとする。血の気が引いた感覚に気まずさを覚える。
「だけどな」
 腕を組みながら、ヒグルマさんがやや明るい語気で空気を変える。
「これは好機でもあるんだ。転移を扱うには、人の記憶と情報、それに竜人様の気まぐれが必要なんだが……お前はワタリビトだから、もしかすれば帰れる」
「そうか、聖地で<我が君>と『交信』すれば、君は元の世界に戻れるんだ」
「ちょっと待って、言ってる意味が」
 さっきのオルドさんの一言に頭がこんがらがる。我が君? 交信?
「とにかく、聖地に行けばいいってことだな」
 そう言ってヒグルマさんは話題を締めると、オルドさんに目配せした。青い両目がこちらを向く。澄み渡る大空のような鮮やかさだ。でも、どこか虚ろでもある。
「ナミノ、君は――故郷に帰りたいかい?」
 改めてそう言われると、この世界に色々と膨大な未練が押し寄せてくるが……それはこの先確かめられることだろう。俺の気持ちは変わらない。

「もちろん! 帰りたいっす、俺!」
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