3-2 エルフとドワーフ
文字数 1,692文字
その森に足を踏み入れると、初めて見る懐かしさで胸が詰まった。
秋の夕方を思わせる輝度の低い木漏れ日と、暖まりきっていない空気の冴えた冷たさが、いつかの故郷を思い出す。秋を思わせるものは、雅やかな楓や洒脱な銀杏を思わせる木々だけではない。夕日に照らされた櫨や欅のような木の葉が、どこからともなく吹くそよ風に揺れて、その度に円熟を過ぎた枯葉がひらひらと落ちる。
俺たちは二人の案内役に従って、宿の方へと向かっていた。その道中で心に疼くのは、鈍くうごめく焦燥めいた感情だった。秋に豊かさを感じられるのは、きっと未練がましく暑さが残る夏の終わりまでで、実際に肌で体感して初めて理解する寂寥こそが恐らくこの空気なんだ。気が沈むのに未練に急かされているような、そんな未熟な諦念をこの集落から感じられる。
「ここが森人集落……この場所はずっと秋めいているのかい?」
「ええ、終わらない秋です。異界からもたらされた自然の名残と、上古からの森人たちの知識が、これらの森を維持しているのです」
終わらない秋。通りを歩く俺たちの左右のエルフを見やると、倉庫に収穫物を持ち込む住民や、肩に農具を乗せて列をなす人々を目にする。恐らくこの集落は自給自足で成り立ってるのだろう。
そう思えば、確かにずっと豊かではある。だが常に、いつ来るかわからない冬への準備をしているようにも思えてくるんだ。
「存外、ここも変わらないものですね。森人のうち、エルフたちは晴耕雨読を信条に忙しなく働いていますから」
「今もそこそこ長生きだからねえ。動かないと退屈で死にそうだ」
「ふふ、ヒグルマさんが言うと説得力がありますね。実際、彼らも退屈なのでしょう。そうでなければ、私のように刺激を求め、外界へ行く者などいませんから」
長命同士のヒグルマさんとハヤンさんは、大分打ち解けた雰囲気だった。二人ともさっぱりとした気質に見えて、そういうところでウマが合うのだろう。彼らには、長く生きたことでの『含蓄』がある。それは今の俺と、きっとオルドさんにもないものだ。
俺はオルドさんが心配だった。彼が執着している<我が君>とは何者なのだろうか。一生をかけて獲得する経験や思い出の全てを、彼はその神に帰依するのだろうか。
その人生の一部始終はまるで、主のために命を散らす侍や、国のために我が身を捧げる兵士のようにも見えてしまうんだ。いつの間にか居る至上の存在に、生きる理由を捧げるだなんて、手前勝手な俺にはゾッとする話だ。俺は世界に数多いる神様のことはよく知らないけど――それでも『神様』という存在は、おしなべて利己的な生き方は望んでいないだろう。
俺はオルドさんの方を見た。少し前の俺と同じように、里のあちこちを眺めている。相変わらず純粋な眼差しだった。純粋すぎて、空っぽに見えてしまうくらいだ。そんなオルドさんは、俺たちを連れて歩くエルフの男性に声をかける。
「僕たちが行く宿って、どんな感じなんですか?」
「ここより五町先に、妖人 集落と鍛人 集落を隔てる関があります。そこから更に二町歩き、角を曲がれば宿があります。鍛人集落の森はここよりも色が強く、それゆえ落ち着けぬかもしれませんが、そこはご了承下さい」
「へえ、エルフがドワーフの集落を案内するとは。私が住む森では、両部族の四方山はきっちりと分けられていましたが」
「同じ森人集落でも、大陸と『島国』とでは勝手が違いますから。少なくともセントラルの森の民は――住む集落が区分けされているとはいえ――志を一にしています」
「志、ですか……」
疑問を濁すように、ハヤンさんはそこで言葉を切った。ここにいる森人たちも、何か大きなもので『一つ』になっているらしい。そこにエルフとドワーフの別はないようだ。
「とはいえ、元はと言えばエルフはエルフ、ドワーフはドワーフです。隣同士は嫉み合い、これは陸で繋がる国の宿命でしょう。況や狭い森ではさらにいがみ合うものだったはずです」
饒舌で、少し角が立つ物言いでそのエルフは語り続けた。一方で、隣にいるもう一人のエルフは、俺たちの雑談にも目もくれず、ただ前を見て歩いていた。
秋の夕方を思わせる輝度の低い木漏れ日と、暖まりきっていない空気の冴えた冷たさが、いつかの故郷を思い出す。秋を思わせるものは、雅やかな楓や洒脱な銀杏を思わせる木々だけではない。夕日に照らされた櫨や欅のような木の葉が、どこからともなく吹くそよ風に揺れて、その度に円熟を過ぎた枯葉がひらひらと落ちる。
俺たちは二人の案内役に従って、宿の方へと向かっていた。その道中で心に疼くのは、鈍くうごめく焦燥めいた感情だった。秋に豊かさを感じられるのは、きっと未練がましく暑さが残る夏の終わりまでで、実際に肌で体感して初めて理解する寂寥こそが恐らくこの空気なんだ。気が沈むのに未練に急かされているような、そんな未熟な諦念をこの集落から感じられる。
「ここが森人集落……この場所はずっと秋めいているのかい?」
「ええ、終わらない秋です。異界からもたらされた自然の名残と、上古からの森人たちの知識が、これらの森を維持しているのです」
終わらない秋。通りを歩く俺たちの左右のエルフを見やると、倉庫に収穫物を持ち込む住民や、肩に農具を乗せて列をなす人々を目にする。恐らくこの集落は自給自足で成り立ってるのだろう。
そう思えば、確かにずっと豊かではある。だが常に、いつ来るかわからない冬への準備をしているようにも思えてくるんだ。
「存外、ここも変わらないものですね。森人のうち、エルフたちは晴耕雨読を信条に忙しなく働いていますから」
「今もそこそこ長生きだからねえ。動かないと退屈で死にそうだ」
「ふふ、ヒグルマさんが言うと説得力がありますね。実際、彼らも退屈なのでしょう。そうでなければ、私のように刺激を求め、外界へ行く者などいませんから」
長命同士のヒグルマさんとハヤンさんは、大分打ち解けた雰囲気だった。二人ともさっぱりとした気質に見えて、そういうところでウマが合うのだろう。彼らには、長く生きたことでの『含蓄』がある。それは今の俺と、きっとオルドさんにもないものだ。
俺はオルドさんが心配だった。彼が執着している<我が君>とは何者なのだろうか。一生をかけて獲得する経験や思い出の全てを、彼はその神に帰依するのだろうか。
その人生の一部始終はまるで、主のために命を散らす侍や、国のために我が身を捧げる兵士のようにも見えてしまうんだ。いつの間にか居る至上の存在に、生きる理由を捧げるだなんて、手前勝手な俺にはゾッとする話だ。俺は世界に数多いる神様のことはよく知らないけど――それでも『神様』という存在は、おしなべて利己的な生き方は望んでいないだろう。
俺はオルドさんの方を見た。少し前の俺と同じように、里のあちこちを眺めている。相変わらず純粋な眼差しだった。純粋すぎて、空っぽに見えてしまうくらいだ。そんなオルドさんは、俺たちを連れて歩くエルフの男性に声をかける。
「僕たちが行く宿って、どんな感じなんですか?」
「ここより五町先に、
「へえ、エルフがドワーフの集落を案内するとは。私が住む森では、両部族の四方山はきっちりと分けられていましたが」
「同じ森人集落でも、大陸と『島国』とでは勝手が違いますから。少なくともセントラルの森の民は――住む集落が区分けされているとはいえ――志を一にしています」
「志、ですか……」
疑問を濁すように、ハヤンさんはそこで言葉を切った。ここにいる森人たちも、何か大きなもので『一つ』になっているらしい。そこにエルフとドワーフの別はないようだ。
「とはいえ、元はと言えばエルフはエルフ、ドワーフはドワーフです。隣同士は嫉み合い、これは陸で繋がる国の宿命でしょう。況や狭い森ではさらにいがみ合うものだったはずです」
饒舌で、少し角が立つ物言いでそのエルフは語り続けた。一方で、隣にいるもう一人のエルフは、俺たちの雑談にも目もくれず、ただ前を見て歩いていた。