6-5 情
文字数 1,590文字
「何をしてるんだ……ナミノ!」
誰かが俺を呼んでいる。聞き覚えのある声がする。
「君の旅は、こんなところで終わるはずじゃないだろう⁉︎」
――まさか!
俺は驚愕に目を見開いて、今の状況をもう一度確認した。するとそこには、こちらに背を向けるグルリベルの姿と――彼の冷刃を震えながら受け止める、一人の青年の姿があった。
「オルドさん……?」
そこには確かにオルドさんがいた。彼はオカツカで留守を預かっていたはずだから、本来ここにいるはずがない。だが、そんなことは今はどうでもいい。まだ『希望』は残っている!
だが、グルリベルとオルドさんでは力の差は歴然だ。毒の霰に蝕まれながら、それでも奴に立ち向かうオルドさんに対し、グルリベルは身じろぎもせずに彼の剣を受け止めている。
「『八紘の御門』……貴様、何故俺に刃を振るう」
グルリベルはオルドさんの胸元にある徽章を見つめながら、思い知らせるように腕に力を込めた。
「友の……ためさ! そのためなら、今は貴方すら怖くない」
オルドさんはそう強がるが、これ以上は保たないだろう。全身で受け止めるような体勢で鍔迫り合ってはいるが、限界が近いのは目に見えていた。
「絆されたか……その程度の情で、<我が君>に刃を向けるな!」
グルリベルはついにオルドさんの抵抗を弾き返し、彼はその勢いで階を転がり落ちていった。だが、オルドさんを圧倒したことで真正面がガラ空きになっていることに、奴は気づかなかった。
「ぐっ……!」
目の前で悠然とした態度を見せていたグルリベルが、突如として血を吐くような呻き声を上げた。その時、吹き荒ぶ冷気に混じって、ほのかな熱を帯びた風が頬を掠めた。熱風の正体は、奴に浴びせられたノワレの火炎だった。
「炎の魔人……貴様……!」
火弾をもろに浴びて、グルリベルの全身は炎に包まれていた。その炎に呑まれないよう、俺は気力を振り絞って立ち上がり、そこから離れた。心身共にボロボロになりなからもまだ立ち上がれたのは、間違いなくオルドさんとノワレのおかげだった。
「待ってくれ、ナミノ!」
俺が再び聖地へ向かおうとしたところで、オルドさんが引き止める。ほうほうの体で何とか階段を上がってきた彼は、どうしても俺に伝えたいことがあるようだった。
「すまない、ナミノ……遅れてしまって」
オルドさんが目の前までやってきて、俺にその一言だけ告げると、ついに彼は膝を崩してしまった。言いたいことは山ほどあるが、俺も彼に倣って一言だけ告げた。
「ほんと、遅いっすよ、オルドさん……でも、助かりました」
「ああ……でも、まだ油断はしちゃあいけない」
俺の言葉に笑いながらかぶりを振ったオルドさんは、懐から何かを取り出す。そして、空色の瞳で俺を見つめながら、手に持ったそれを差し出した。
「『旅』はまだ終わってない。そうだろ?」
彼が手に持っていたのは、あの時に落とした丸薬だった。そうだ、まだ一粒ある。無限の強壮を得られる<白の丸薬>が!
俺は小袋に手を突っ込み、残された一粒を口に放って飲み込んだ。喉から胃袋に落ち、そいつが溶けていった瞬間、俺の体を蝕んでいた腐毒の苦しみはたちまち消え去り、猛烈な吹雪にも耐えられるようになった。今一度俺は立ち上がり、聳え立つプロテアの果てを見つめる。
「さあ、行け! 走るんだ、ナミノ!」
突き動かすように、オルドさんは言う。俺は一歩進んで、プロテアの中枢へいよいよ乗り込もうとした。だけど、今になって忘れていたことを思い出した。
俺はこの『旅路』を終わらせる。だから、せめて別れの挨拶はしなくちゃならない。
足を止め、オルドさんに振り向いて、俺は彼に最後の一言を告げた。
「行ってきます、オルドさん。この世界のこと、忘れませんから!」
再び大樹に焦点を合わせる時、尻目に見たオルドさんの顔は、どうしようもないくらいに呆気にとられていた。
誰かが俺を呼んでいる。聞き覚えのある声がする。
「君の旅は、こんなところで終わるはずじゃないだろう⁉︎」
――まさか!
俺は驚愕に目を見開いて、今の状況をもう一度確認した。するとそこには、こちらに背を向けるグルリベルの姿と――彼の冷刃を震えながら受け止める、一人の青年の姿があった。
「オルドさん……?」
そこには確かにオルドさんがいた。彼はオカツカで留守を預かっていたはずだから、本来ここにいるはずがない。だが、そんなことは今はどうでもいい。まだ『希望』は残っている!
だが、グルリベルとオルドさんでは力の差は歴然だ。毒の霰に蝕まれながら、それでも奴に立ち向かうオルドさんに対し、グルリベルは身じろぎもせずに彼の剣を受け止めている。
「『八紘の御門』……貴様、何故俺に刃を振るう」
グルリベルはオルドさんの胸元にある徽章を見つめながら、思い知らせるように腕に力を込めた。
「友の……ためさ! そのためなら、今は貴方すら怖くない」
オルドさんはそう強がるが、これ以上は保たないだろう。全身で受け止めるような体勢で鍔迫り合ってはいるが、限界が近いのは目に見えていた。
「絆されたか……その程度の情で、<我が君>に刃を向けるな!」
グルリベルはついにオルドさんの抵抗を弾き返し、彼はその勢いで階を転がり落ちていった。だが、オルドさんを圧倒したことで真正面がガラ空きになっていることに、奴は気づかなかった。
「ぐっ……!」
目の前で悠然とした態度を見せていたグルリベルが、突如として血を吐くような呻き声を上げた。その時、吹き荒ぶ冷気に混じって、ほのかな熱を帯びた風が頬を掠めた。熱風の正体は、奴に浴びせられたノワレの火炎だった。
「炎の魔人……貴様……!」
火弾をもろに浴びて、グルリベルの全身は炎に包まれていた。その炎に呑まれないよう、俺は気力を振り絞って立ち上がり、そこから離れた。心身共にボロボロになりなからもまだ立ち上がれたのは、間違いなくオルドさんとノワレのおかげだった。
「待ってくれ、ナミノ!」
俺が再び聖地へ向かおうとしたところで、オルドさんが引き止める。ほうほうの体で何とか階段を上がってきた彼は、どうしても俺に伝えたいことがあるようだった。
「すまない、ナミノ……遅れてしまって」
オルドさんが目の前までやってきて、俺にその一言だけ告げると、ついに彼は膝を崩してしまった。言いたいことは山ほどあるが、俺も彼に倣って一言だけ告げた。
「ほんと、遅いっすよ、オルドさん……でも、助かりました」
「ああ……でも、まだ油断はしちゃあいけない」
俺の言葉に笑いながらかぶりを振ったオルドさんは、懐から何かを取り出す。そして、空色の瞳で俺を見つめながら、手に持ったそれを差し出した。
「『旅』はまだ終わってない。そうだろ?」
彼が手に持っていたのは、あの時に落とした丸薬だった。そうだ、まだ一粒ある。無限の強壮を得られる<白の丸薬>が!
俺は小袋に手を突っ込み、残された一粒を口に放って飲み込んだ。喉から胃袋に落ち、そいつが溶けていった瞬間、俺の体を蝕んでいた腐毒の苦しみはたちまち消え去り、猛烈な吹雪にも耐えられるようになった。今一度俺は立ち上がり、聳え立つプロテアの果てを見つめる。
「さあ、行け! 走るんだ、ナミノ!」
突き動かすように、オルドさんは言う。俺は一歩進んで、プロテアの中枢へいよいよ乗り込もうとした。だけど、今になって忘れていたことを思い出した。
俺はこの『旅路』を終わらせる。だから、せめて別れの挨拶はしなくちゃならない。
足を止め、オルドさんに振り向いて、俺は彼に最後の一言を告げた。
「行ってきます、オルドさん。この世界のこと、忘れませんから!」
再び大樹に焦点を合わせる時、尻目に見たオルドさんの顔は、どうしようもないくらいに呆気にとられていた。