3-4 カノヱ

文字数 1,428文字

 逃げ始めて十分ほど、追っ手の目を掻い潜り、ようやく門の前に来た。
「何とか出口までこれたか――うわっ」
 門前で足を止めた俺たちだが、それでも安堵する暇はなかった。俺たちがここに来るのを待っていたかのように、門脇の櫓から勢いよく何かが落ちてきた。オルドさんの足下に刺さったそれは、一本の矢。
「お前たちを待っていた」

 頭上から低く、艶のある男の声がした。続いて小さな人影が、高く聳える櫓から一気に降りてきた。胴は小さく頭は大きい、少年のようにつぶらな瞳をした褐色肌のドワーフ。その目の下には、青緑色の隈取が鮮やかに映える。
 人は見かけによらないとは言うが、フラクシアでもその通りだ。声色からして、あの武士と手を組んだエルフかと思っていた。
「なるほどな。黄色い外套の少年と、青い衣の青年。<ノワレ>の言う通りだ」
 男は一人納得した後、「おっと」と我に返って両腕を上げた。
「俺はお前たちの敵じゃない。いや、正確にはその少年にとっての味方だ」
 そう言って、ドワーフは俺だけを指差した。怪訝な顔をしたオルドさんが、一歩前に出て誰何する。
「怪しいやつだな。お前、名前は何だ」
「カノヱだ。名前だけ言えば充分だよな? さあ、俺についてこい。引き合わせたい御仁がいる」
「おい、まだ話は終わって――」
 オルドさんの言葉を待たずに、カノヱは手招きして走っていった。俺たちも仕方なく彼についていく。
 カノヱの足取りは軽く、追っ手のことなどまるで気にもしないような足取りで不安だったが、不思議なことに彼の行く先には人っ子一人湧いてこなかった。代わりに黒く焦げた焼け跡のきつい臭いと、周囲に立ち込める熱気が集中力と体力を奪っていった。暑さと緊張で眩暈がしたところで、カノヱさんが立ち止まる。
「ここまでくれば安心だな。問題は道が塞がれてないかだが……よし、大丈夫だな」
 瓦礫を乗り越えた先の通路に入ると、彼は片手で催促してそそくさと奥へ向かっていった。それにしても、随分言葉足らずな案内だ。
 地下へ通じる階段を降りると、篝火で照らされた洞窟に入る。ドワーフの手掘りと見られる洞窟の中は狭く、屈んで進まないと頭と天井がぶつかってしまう。息苦しい暗闇の中で、また眩暈がした。

 やがて地下通路の奥まで辿り着くと、天井が高い広間に辿り着いた。先行したカノヱが俺たちの方を確認し、瞳を光らせる。俺たちが来た方向以外にも、何本かの狭い道がここで繋がっていた。そのうちの一つは、堅固な石の門で閉ざされてある。
「よいしょ……っと」
 重そうな石の門を、カノヱは一人で持ち上げた。小柄な少年の風体に似合わない剛力だ。
「オムノには少し狭いけど、しゃがんで潜り抜けてくれ」
 俺たちは言われた通りに門を越え、遅れてきたカノヱが門を閉ざした。
「こんなところに……屋敷……?」
 目の前にあったのは、岩室の奥に築かれた地下屋敷。二対の灯籠の奥に枯山水の庭が広がり、屋敷の玄関と門の間を飛石が繋いでいる。その景色が不可思議である以上に幻想的に映るのは、天井を這うように蔦が絡み、その枝先に妖しく発光する藤の花房が鍾乳石のように垂れ下がっていた。
「<先生>はこの屋敷の中にいらっしゃる。ドワーフの思想を二分するほどに影響力の強いお方でな、普段からこうして洞窟の中で『隠棲』してらっしゃるんだ」
 さあついてきな、と声をかけて、カノヱはひょいひょいと足取り軽く飛石を踏み越える。俺たちも彼の後を追い、物々しい屋敷の中へと入った。
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