3-3 手厚い歓迎

文字数 2,347文字

「では、私はこれで。道中お気をつけくださいませ」
 饒舌なエルフは途中で列を外し、案内人は一人になった。

 関所を越え、ドワーフの集落に足を踏み入れると、深紅の色彩に視界がぎらついた。
 なるほど、案内役がああ言うのも頷ける。エルフの集落の紅葉は、望郷を誘うような褪せた色彩だったが、ここの秋色は観光地のそれに近い。いや、いくら観光名所として名高い紅葉の山景でも、ここまであざとく色づいた赤はなかなか見当たらない。いや、そもそも森人集落は観光地ではないのだから、この深紅の楓は見る者を威嚇する血の色と言ったところだろう。
 しかし、その血気盛んな赤さとは裏腹に、里はしんと静まり返っている。人の気配がまるでない。家屋が並ぶ通りには物音一つせず、まるで使われていない時代劇の舞台のようだ。
 がらんどうの集落を歩き、大通りの角を曲がる。あの生垣に囲われた建物が宿だろう。俺たちが前へ進もうとすると、小径の真ん中で案内役は立ち止まった。

 同時に、ハヤンさんの目つきがにわかに鋭くなる。彼女の長い耳が揺れ、黒い鼻が震えた。
「ははぁ……なるほどね」
 その様子を見て察したヒグルマさんが、かろうじて聞こえる声量で呟いた。そして、前方にいる寡黙なエルフの方へ歩き出す。
 俺はその言葉を聞いて、今置かれている状況を理解した。心の臓が一気に縮こまり、えずくような感覚がした。その愕然も束の間――振り返ったエルフはヒグルマさんに胸ぐらを掴まれ、剛腕一発で吹き飛ばされた。轟音が村中に響き、その音で俺は目を伏せた。
 音が静まり、恐る恐る目を開けてみる。エルフはバラバラになっていた。肉片ではなく、無機質な破片――カラクリだ。

「出逢え! 出逢え‼︎」
 その一瞬の静謐を置いて、離れたところから野太い声が響き渡り、物陰から小さな人影がぞろぞろと出てきた。
 奴らは武装したドワーフの集団だった。髭が生えた小柄な老人の姿はイメージ通りだが――胴丸や陣笠を装備し、槍や鍬といった長柄の武具・農具を携えており、さながら足軽や一揆衆のような出で立ちだった。
 背後から物音が聞こえて振り返ると、道の端に寄っていく足軽たちの奥から、さらに人影が現れる。彼もドワーフだが、他の奴らよりも体格が一回り大きい。その男は灰緑色の詰め襟服の上に、赤い縅の入った重厚な甲冑を着用し、鍬形虫の大顎を思わせる兜で俺たちを威圧する。腰に刀を佩いているのも奴だけだ。その拵をゆっくりと引き抜き、切先を俺たちに突き立てて、雑兵ドワーフを束ねる武人は声を上げた。
「渡り鼠め、とうとう追い詰めたぞ。貴様こそが、<流界(フラクシア)>の天壌無窮を阻む要因。その身を捕らえて聖地の<櫻樹>に捧げ、双界を結ぶ(きざはし)にしてくれよう」
 雄叫びを上げるような脅し文句が終わると同時に、ドワーフの一派は俺たちに向かって襲いかかる。ああ、これが『万事休す』ってやつか。
「そんな、どうするんだ――⁉︎」
 突然の事態に、オルドさんは声が上擦っている。ヒグルマさんとハヤンさんはそれぞれ前後に立ち、応戦の構えを見せている。竜人の大きな背中は頼もしいが、これだけの人数には対処しようがない。
 このまま生け捕りにされるのがオチか。そう思った矢先――先程くぐった門とは反対の方角から、爆ぜるような音が響いた。

「何事だ!」
 ドワーフの一派は一斉にそこを振り向く。再び爆発音がしたのは、俺の背後にある宿屋の方からだった。ドワーフたちは一様にどよめき、足を止めた。
「主! お耳に入れたき報せが」
 群衆の列を掻い潜り、伝令と思しき兵士が現れる。彼の話を聞いた武士は血相を変えて、配下に周知した。
「皆の者! オカツカの民が鍛人地区を奇襲した! 各隊は爆発の音、及び火の手が上がった区域に散開し、魔人の出所を探せ!」
 その指令の間にも、次々に爆音が村中に連鎖した。伝令は冷や汗を流しながら、
「主! こうしている間にも火の手はあちこちに上がっています。こうも無秩序に荒らされては対処のしようが――」
 問答の間に、武士たちの動揺が足軽にも伝播している。彼らの多くは、指示の詳細を待たずにあちこちへと散らばっていった。しかし、残りの兵士はなおもこちらに武器を突きつける。
「そんな肝の小ささでオレに勝てると思うな、よッ!」
ヒグルマさんは腕の一振りで軽々とドワーフたちをあしらった。オルドさんも剣を抜き、戦いに加わる。これをヒグルマさんは制止し、
「オルド! お前はナミノを守る役目だ」
 と忠告した。
「お前はそいつを連れて逃げてくれ。オレたちなら追いつける」
「逃げるって、どこへ⁉︎」
 返答はなかった。ヒグルマさんは襲いかかってきたドワーフとの戦闘を始めている。オルドさんは俺の方へ駆け寄り、何か目印はないかとあちこちを見回した。その視線が、ふと横にいるハヤンさんの方に向けられる。
 緑色の瞳がこちらを認識した。本来ならば、対面しているドワーフの方に視線を戻すはずだが――彼女は俺たちの無事を祈るように小さく頷き、同時に瞳を上へと向けた。
(空の方――)
 俺とオルドさんが上空を見上げる。鬱蒼と生い茂る紅の密林、その樹冠の一点へと誘われる数本の白煙。
「そうか……!」
 オルドさんが理解すると同時に、俺もハヤンさんの意図を汲み取った。俺とオルドさんは顔を合わせ、互いの考えが間違っていないことを瞬時に確認する。
(煙が導く方向へ!)
 俺たち二人は、ドワーフの隙をついて退散する。唯一見逃さなかったドワーフの武士が、俺たちを足早に追いかける。後一歩のところで、俺たちの後方から強い衝撃と爆音、それにわずかな焦熱が押し寄せた。きっと武士はあれに阻まれたのだろう。「敵の背後から襲いかかる」という、武士道にあるまじき行為をたしなめられるかのように。
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