1-2 二人の旅人

文字数 2,325文字

 太陽の光だ!

 この世界にも降り注ぐ暖かな光を浴びると、やっぱり心が落ち着く。異世界で肝試しなんてするもんじゃないな。
 地下牢の出入口には見張りは誰もいない。確認をした後、俺は牢獄の門を抜け、橋を渡って通りに出た。

 目の前に広がるのは、質実剛健とした石と煉瓦の街だった。落ち着くというよりも、厳かな雰囲気を感じさせる街並みだ。通りを歩く人は少なく、俺を一瞥しては興味なさそうに視線を戻していた。
 この手の街はもう少し華やかだと思ってたけど――なるほど、ここが……
「……!」
 その時、俺は言葉を失った。数メートルほど離れたところにいる二人組の姿が変なんだ。白衣服に浅い青色の肩掛けマントを羽織った、茶髪青眼の青年。俺と歳は同じくらいに見えるけど、明らかに育ちが良さそうだった。俺は彼を通して、『この世界』に対する隔たりを覚えた。
 だがそれ以上に目を奪われるのは、彼より二回りほど大きく、筋骨隆々とした肉体を誇る――『竜人』だ。そうとしか形容できない。角の生えた後頭部、ぎょろりとした両目、全身に鱗を鎧のように纏った姿。彼から感じるのは、『この世界』からの拒絶とも言い表せるようなカルチャー・ショックだった。
(ん……? ちょっと待てよ、あの顔立ち、地下牢の……)
「ねえ、君」
「っ!」
 いつの間にか、白服の青年と竜人が目の前までやってきていた。見るからに怪しむような眼差しだ。無理もないか。俺はここの人じゃないし、あまつさえこんなおどろおどろしい場所から出てきたんだから。
それにしても、精悍な顔つきだ。俺にとっては全く目新しい存在。だけどなぜか懐かしさも感じられるような気がした。それに彼の瞳、まるで青空を映したように綺麗だ。
「……どうしたんだ、そんなにまじまじと見て」
 そう言われて、我に返って自分の名を言おうとした。こんなんじゃ、ますます怪しまれるな。
「えっと、俺は――」
「名乗る前に、だ」
 自分の名を言おうとした途端、隣の竜人が凄みのあるしゃがれ声を放った。大きな双眸が、俺の頭から爪先までを観察する。そしてやや顔を顰めると、頭を掻きながら言葉を続けた。
「やっぱりそれっぽいな……こいつは面白くなってきた」
 竜人は半ば呆れるような口調でそう言った。なんだか、頼り甲斐のある人みたいだな。だが次の瞬間、竜人は俺を見下ろし、鋭い眼光を突き刺した。神妙な面持ちで、彼は俺に尋ねる。
「お前……<ワタリビト>だな?」

「オルド、外套を仕立屋で買ってきてくれ。オレはこいつを見張る」
 竜人にお使いを頼まれた青年は、急ぎ足でその場を去った。それから彼が戻ってくるまでの数分間、俺は恐ろしいほどに厳つい竜人の後ろに隠れ、住民の目をやり過ごしていた。
「悪いな。お前についてのことは後で話す。とりあえず名前を教えてくれるか?」
 そう言われて、俺は恐る恐る自分の名を告げた。
「並野青児……それが俺の名前です」
「ナミノ・セイジ……なるほどな。そっちじゃ姓名つきは珍しくもなんともないんだろ?」
「? えっと、そうっすね……」
 この世界には苗字のない名前が当たり前らしい。にしても『この世界』か……漠然とした名前だ。
「ここってどこなんですか? この街じゃなくて、世界の名前は」
「ここは<セントラル島>、その中にある<巌の街>だ。この世界は<フラクシア>。『万物流転』を意味する名前さ」
 察してくれたのか、詳しく竜人から教えてもらった。万物流転の世界とはどういうものなのか謎だったが、それを聞く前に竜人はさらに質問を投げかけた。
「この地下牢にはどうやってきた?」
 そう言われても、俺には分からない。ただありのままのことを伝えた。
「分からない……目覚めたらここにいたんです。昨夜は制服のままで勉強して、一休みしようと机に突っ伏してた」
「学生か。なるほど、確かに根は真面目そうだ。服装にも合点が行く。立派なご身分のようだな」
「そうっすか……? 服装はともかく、俺ぐらいの歳の人間は大抵学生ですけど」
「ああ、それが立派なのさ。もちろん、その歳で働いてる奴も立派だ。さすがに『夜明けの国』は格が違うね」
 竜人は、やや皮肉めいた言い方でそう言った。彼の少し棘のある言い方に対して、別段の不満はなかった。それよりも気になるのは、俺の住む場所を『夜明けの国』と形容する言葉遣いだった。
 彼は――フラクシアの人間は、俺たちの世界のことも知ってるのか……?

 湧き出た疑問を繰り返し反芻し、それをようやく問いかけるには既に遅く、向こうから白服の青年が布を抱えて小走りで近づいてきた。
「買ってきたよ、ヒグルマ」
 そう言ってオルドさんは、先程ヒグルマと呼んだ竜人に薄黄色の布を手渡そうとした。ヒグルマは彼を制止し、
「待った、オレは不器用だからお前がやってくれ」
 と、気恥ずかしさと素っ気なさの混じる口調で断った。俺も彼と似たような口調でこう言った。
「ああ、それぐらい自分で羽織れますよ」
 黄色い外套を体に纏い、留め具で固定する。これで自分の制服はすっぽり覆われた。
「この服装がダメなんすか?」
 そこでふと思った疑問を、俺は率直にヒグルマに尋ねた。
「簡単に言えばそうだな。まあ、詳しいことはどこか目につかないところで話そう」
「それならいいところがあるよ、ヒグルマ。路地裏に酒場がある。二階席がある、うらぶれていて人の寄りつかない場所だ。秘密の話にはうってつけだろう」
「そこは竜人でも入れるところか?」
「行ってみなきゃ分からない。でも通りの人気店じゃないんだ、店が狭すぎなければ入れるよ」
 歩きながら二人は問答し、酒場の方へ足を進ませる。ヒグルマさんから「来いよ」と催促されて、俺もようやく二人についていった。
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