5-2 セントラルの裏表

文字数 2,106文字

 閑散としたエスガロス地区を歩いていると、時折とぼとぼと通りの隅を歩く竜人の姿が見える。
 彼らの多くは、ヒグルマさんに比べて数段体格が華奢だった。枝のように細長い手足に、枯れ木の幹のように頼りない背中がしな垂れている。誰も彼も、見えない重荷を背負わされているかのように歩いていた。

 ヒグルマさんの貫禄ある風貌に比べると、エスガロスの住民たちはとても脆そうに映った。背丈は俺より彼らの方が上だけど、あの細い腕では俺との力比べすら負けそうな感じがする。要するに、見ていて『貧しさ』を覚えてしまうんだ。
 知らず知らずのうちに湧き出る、義憤のような感情を抑えながらエスガロスの街並みを離れていく。ここでそんな感情になっても仕方がない。俺は一介のワタリビトだし、長居もできないものだから。
「ん……? あの門の向こうから賑わいが聞こえますね」
 耳の良いハヤンさんが、真っ先に区域外の盛えぶりに気づいたようだ。扉が開かれた門の向こうには、色とりどりの服を着た人々が行き交っている。ただその扉は、門前の椅子から立ち上がった兵士によって閉ざされようとしていた。
「すみません、まだ閉じないでください! 僕たち、ここを抜けたいんです!」
 声に気づいた兵士が、腕を上げて合図する。そして、閉じかけた門を再び開いた。
「君たち、エスガロス地区から来たのか?」
「そうなんです。ここが閉じられると宿も探せない」
「間に合って良かったな。『眠らぬ街』の賑わいを耳にしながら、生臭い竜人の宿で一夜を過ごすなんて、とんだ生殺しだからな」
 兵士は軽口を叩きつつ、俺たちをセントラルの中心街へ案内する。最後尾のヒグルマさんが渡ろうとした時、兵士は彼を呼び止めた。
「少し待て。お前は竜人だが、市街へ行くのか?」
「そうだよ。こいつの用心棒みたいなもんだからな」
 ヒグルマさんは嫌気が滲んだ返答をしながら、オルドさんを指差す。
「そうか。竜人は市街に出る前に、念の為身元を確認するのが定めだからな」
 そう言って、兵士は彼の身辺を確認した。
「ふむ、よし。通って良いだろう。くれぐれも人々に危害を加えないように」
 兵士はヒグルマさんを通し、俺たち全員がエスガロスの外に出た。間も無く扉が閉まる。
「気にするな。大都市に行く時は、いつもこんな感じさ」
 ヒグルマさんにとって、こういう検問は慣れっこなのだろう。本人は嫌だろうけど、少し同情したくなる。
「それより、見ろよ。時計は酉ノ刻を示してる。此岸大陸なら、街明かりが灯る頃だ」

 俺たちはヒグルマさんの視線を追うようにして、街並みを眺めた。ちょうどその時、セントラルの路傍に立っている街灯と、それらの間で万国旗のように繋がっている灯が、俺たちの行先を導くように点きはじめた。色とりどりの光が、祭りの夜を知らせるかのように輝き、俺たちを誘っている。
「わあ……すごく、綺麗だ」
 まさかこんな世界で、煌びやかな光景を見られるとは思わなかった。浮世離れしたこの幻想的な風景は、どうやって生み出されているんだろう。
「オルドさん、この光の正体って――」
 オルドさんに尋ねてみると、彼は「そうだな」と言って考え込んだ。
「どういう風に説明したらいいか、よく分からないけど……」
 彼は返答に困った様子になり、ヒグルマさんに助けを求めようとした。しかし、ヒグルマさんは上の空で頭上の光の筋を見つめている。
「お二人とも答えづらいようなら、私が説明しましょうか」
 ハヤンさんがそう言うと、オルドさんは「頼みます」と言って、ヒグルマさんの方へ歩み寄った。
「この煌びやかな光も、全て<ブレス>の流れなんですよ。ブレスは<竜髄>、または<万髄(ばんずい)>とも言うのですが、このセントラルの街は竜髄を通す管を葉脈のように張り巡らせているんです」
「この光も全て、あの万能物質のおかげってことなんですね」
「その通り。竜髄は今や、生命活動の維持のためだけでなく、こうして人々の娯楽にもなっているんですね。それだけでなく、竜髄と魔力の結晶を組み合わせれば、生活にも役立ちます。『水』の魔晶と竜髄を混ぜ、海水を張った水槽に数滴注げば、セントラルを潤す真水を入手することができますからね」
「ブレスと水の魔晶があれば、浄水まで可能なんですね。凄い仕組みだ」
「ええ。ただ――」
 そこでハヤンさんは、一旦言葉を切った。
「これだけの都市を維持するための竜髄は、果たしてどこから来たものになっているのか、という疑念は湧きますね」
 極彩色の光を見上げながら、ハヤンさんはそう思惟する。彼女の話を聞いていたのか、ハヤンさんの背後にいたヒグルマさんの頭が、わずかにこちらを向いた。
「……まあ、今はこの絢爛を楽しむとしましょう。そうそう、ノワレが大通り裏の宿に予約を入れているんです。私たちもそこへ向かいましょう。二人とも、いいですか?」
「ああ、はい。行きましょう」
 オルドさんが彼女の声を耳にすると、ヒグルマさんに合図した。こうして、四人はセントラルの目抜通りへと向かっていく。光に満ち溢れたこの場所は、どことなく多幸感の漂う街だ。だが、こんなに明るく輝いていると、夜の闇も一層際立ってしまう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み