6-3 逆転は遅れてやってくる

文字数 1,544文字

 轟いてきたのは獣の声、振り向けば、卵工場から湧いてきたと思われる竜人の群れだった。竜人たちは白い眼に痩せこけた長躯で、手入れされていない爪や棘が恐ろしげに伸びている。『搾取』され続けてきた身ではあるが、大群で襲われては元も子もない。
 絶体絶命の危機――俺はそう思っていた。だが竜人たちの先頭を見てみると、どうやらそれは杞憂だった。否、『希望』だ。

「待たせて悪かったな、ナミノ! 味方を連れてきたぜ!」
 獣のような竜人たちを引き連れてきたのは、一際屈強な肉体をした男。ヒグルマさんだ。恐ろしげな竜人たちの姿が一転、とても頼もしく感じられた。ヒグルマさんの統率により、竜人の群れは神兵へ向かっていく。彼らの虐げられた本能は、自らを封じ込めた『敵』を見つけるや一段と滾りを見せた。
 だが、竜人たちの数は想定よりやや少なく、兵士の数は聖域にかかる橋を覆わんばかりに夥しい。未だ劣勢だが、勝機はある。
「お前がグルリベルだな。さあかかってこい、オレが相手をしてやるぜ」
 竜人たちを神兵に向かわせたヒグルマさんが、威勢よく指を鳴らす。
「いいだろう。貴様も工場送りにしてやる」
 グルリベルは氷の刃を手首から生成し、ヒグルマさんに斬りかかる。だが、ヒグルマさんは片腕でそれを難なく受け止め、いなした。続く竜人の殴打を魔人がかわし、熾烈な戦いが繰り広げられる。
「流石は竜人、俺の魔力にも応じないか」
「あいにくオレたち竜人には、魔法が効かないんでな!」
 ヒグルマさんは悠々と氷の刃を受け止め、続けてグルリベルが振り上げたもう一つの武器を、すんでのところでかわす。グルリベルが振るったのは、腰に提げていた刀剣。銀雪のように白い刀身は反りのない真っ直ぐなもので、崇暁教の背景から軍刀を彷彿とさせる。

 ヒグルマさんの猛攻に、ノワレの火球とカノヱの矢が加勢する。グルリベルは氷霜と白銀の二刀で悠々と凌ぎ切り、圧倒的な戦闘力を見せつける。今俺の隣にいるのは、遠距離攻撃を行うカノヱと、グルリベルに背を見せ、橋上の乱闘を見つめるハヤンさんだった。
「この戦い……勝てますか?」
 勝機はあるが、未だ劣勢。この状況で、俺の中の弱気が希望をすり抜けて、口から飛び出る。ハヤンさんはその失言に、勝気な笑顔で応えた。
「勝てるか勝てないかではなく、勝ってみせます。この状況、私なら覆せるので」
 そう言いつつ懐から取り出したのは、琥珀色の殻をした、やや大ぶりの卵だった。彼女はそれを片手で割り、生のまま口に落とし、飲み込む瞬間に見えた中身は、仄かに光り輝いていた。それはまるで、ブレスを思わせるエネルギーの凝縮――
「! ハヤンさん、その卵って」
「ええ。竜卵は万物の根源たる竜髄、ブレスの塊。この力で、形勢を変えます!」

 彼女が腕を振り上げると同時に、大気の流れが一瞬止まった。
次の瞬間、プロテアを中心に空気が逆巻き、波を荒れ狂わせる。波飛沫は大雨のように肌を叩きつけ、聖域は大嵐に包まれた。星々の浮かぶ月夜と旅人たちの劣勢を一気に覆す、竜髄という『力』。その暴威とも言うべき一変ぶりに、俺はただただ言葉を失う。
橋の向こうを見てみる。大量の神兵とドワーフを抱えてもなお軋まない堅牢な大橋は、暴風と高波の衝撃に揺らぎ、たちまち崩れ果てる。神兵たちはそのまま、瓦礫となった橋と大波に呑み込まれていった。
「形勢逆転だな、小僧」
 グルリベルの攻撃を翻しながら、ヒグルマさんが余裕綽々に振舞う。ヒグルマさんとノワレの連携、そしてハヤンさんの最大限の風魔法による戦況の変化に、流石のグルリベルにも動揺の色が見えた。
「ナミノ!」
 二人の戦況を確認しつつ、カノヱがこちらに寄ってくる。彼が耳打ちできるよう、俺は姿勢を下げた。
「この隙に、櫻樹の中へ入るぞ」
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