5-1 エスガロス

文字数 2,444文字

 長い長い旅路の果て、ようやく俺たちは辿りついた。太陽は既に沈みかけている。
「ここが……セントラルの門」
 俺たち四人が横に並んでも、余裕綽綽と迎えてくれる広さの門。その左右に、小さな門が左右に一つずつ構えてある。門の上には瓦屋根が覆っていて、周囲は近代的な赤い煉瓦に囲まれている。その左右には、堅牢そうな石造りの城壁が延びている。
 ここはセントラルから見て裏手の門ということになるが、それでも十分大きい。門前には衛兵が、三つの門の端と間の計四箇所に配備されている。そのうち正門付近に配備されているものは、長い鉄の杖のようなものを斜めに持っていた。

 目を凝らして見ると、その正体がよく分かった。銃剣だ。崇暁教はやはり、異界の文明を取り入れた組織だった。
「あの番兵たちは、崇暁教の兵士なんですか?」
 恐る恐るオルドさんに確認すると、彼は頷いた。
「ああ。持ってる鉄の杖からして、崇暁教の兵士で間違いないだろう。異界から近年転移してきたワタリビトも、あのような鉄杖を持っていたという」
 オルドさんの話を聞きながら、フラクシアの過去に思いを馳せる。転移によって現れた過去のワタリビト。彼らが遣夷隊であれば、無辜の民に残虐の限りを尽くした可能性は高い。
「そのワタリビトは、民に何をしたんですか?」
「何って、彼らは崇暁教を『復古』しただけだよ。先進文明をその手に携えたワタリビトに、同志の多くが跪いた。新たなる神代と、その英雄の到来に、畏敬の念を抱いたんだ」
 オルドさんの発言を察するに、実態は都合よく歪曲されている気がする。それはつまり、省みる暇すら与えないということだ。

 ワタリビトが塗り替えた崇暁教の教義の下に、武器を手に持つ兵士。俺たちが近づくと、彼らは指を引き金に近づけた。
「待て。貴様ら、何の用で北門から来た?」
 銃を持った兵士が、こちらへ歩み寄って詰問する。オルドさんは一歩前に出て、胸に飾られた<八紘の御門>の徽章を見せつけた。
「巡礼のためにここへ参りました。じきに櫻樹の参拝は休止になる上、島北部の港から急いで渡った次第にございます」
「北? ゴブリン谷を通っただろう。彼らへの接触は?」
「彼らを発見することはありましたが、直接この手で触れることは皆目ありませんでした。どうか許可の程を」
 兵士は黙考した後、縦に首を振った。
「よし。この者らのセントラル入城を許可する。ただしそこの竜人は中央ではなく、左の門から入れ」
 兵士は大門の左隣にある小さな門を指差し、ヒグルマさんに指図した。
「……あいよ」
 不服そうにヒグルマさんが俺たちの列から離れる。彼一人を残して、俺たちはセントラルへ入った。
「良かったね、ナミノ。ひとまず怪しまれずに済んだ」
 オルドさんの囁く通り、ここで俺がワタリビトとバレるかどうかは懸念していた。何分この外套姿では怪しまれても文句は言えない。その辺りはオルドさんの機転で解決できたから、有難い話ではある。
 兵士に門まで案内され、彼らが定位置に戻る。厳かな門の内側へ、俺たちは入っていく。

日陰から日向へ、一瞬視界が白ばんだ後、目に入ったのは――薄汚れた街の風景。路面の石畳は所々が崩れ、壁の塗装も一部剥げている。そして、疎らな人通りの殆どが、ひょろりとした細長い体格をした猫背の竜人だった。
「ここが……セントラル?」
 頭に浮かんだ疑問が、そのまま声になって溢れる。
「おや、北から来るとは珍しい。ようこそ、『しじまの瑠璃』ことセントラルへ」
 俺の声を聞いて、威圧感のある風貌の兵士が声をかけた。見た目の割に、落ち着いた感じの声だった。
「……ここは、エスガロス地区ですね?」
 俺の隣にいるオルドさんが、番兵の方へ一歩前に出て確認する。
「いかにも。竜人の居住区は、セントラルでも他の種族とは隔離されているんだ」
「このセントラルにもエスガロス地区があるんですね……初めて知ったな」
「うむ。崇暁教の祖たる竜人がこの有様なのは疑問に思うが……フラクシアの<種族革命>とは、それほど複雑なことなのだろうな」
 番兵の男は、中心街からはここを抜けてまっすぐだ、と付け加えて言った。そして、額の上に手を斜めに掲げるポーズ――ちょうど俺の故郷の軍隊が執る敬礼の様式だ――をして、門の前に戻った。

(種族革命……)
 フラクシアの主神は、シュージャン・ウーことウルだ。竜人もあの身なりからして、神と深い関わりがあるに違いない。それなのにこのみすぼらしい区域で生活しているとは、どういうことだ? それと種族革命にどのような関係があるのだろう。
「みんな、待たせて悪いな」
 思案していると、ヒグルマさんの声が背後から聞こえた。振り返って彼の姿を確認した時、俺は驚いた。
 そこにいたのは、以前と様変わりしたヒグルマさんの姿だった。ドレッドヘアーのように大きく編んでいた数房の毛髪は、丸刈り頭のようにさっぱりと刈り取られてしまっていた。加えて手足に生える鋭い爪も削り取られている。
「ヒグルマさん、その姿は……」
 ハヤンさんが呆気に取られた様子で、彼を心配する。
「……まあ、気にすることはないさ。セントラルであれ此岸の大都市であれ、竜人を厳しく検査する機関はどこにでもあるって話だ」
「僕らとは違う方の門へ入れられたのは、竜人の安全検査のためってわけだね……それにしても、すっかり変わってしまった」
「そうだろ。オレも似合ってると思ってたんだけどなあ。ま、また伸ばせばいいだけか」
 ヒグルマさんは楽観的に振る舞っていたが、門に入る直前で明らかに怪訝な顔をしていた。
このエスガロスの寂れた様も、ヒグルマさんに対する処置も、フラクシアの民が宿す竜人への嫌悪を生々しく表しているようだった。ワタリビトの都であるセントラルですら、このようなしきたりがまかり通るのは、崇暁教ですら竜人を救うことができないということか。
俺にはこの『竜人差別』が、どうにも引っかかる。フラクシアの過去についても、まだ聞いてみる必要がありそうだ。
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