0.1 It’s a wonderful world

文字数 549文字

 朝食は既に終わり、俺は洗い立ての制服に袖を通していた。この制服も、俺と共にフラクシアを旅した。正確にはフラクシアの一点、セントラル中を歩き回った。

 制服をかけていたハンガーの隣にある、薄汚れた外套を手で触れる。襟元には、あのゴブリンから貰った一輪の八重の桜が、時を忘れたような鮮やかさのままで咲き誇っている。
 彼らは元気にしているだろうか。俺の旅は終わり、もう自分のことで何も案じる必要はなくなった。いや、受験のこととか一人暮らしとか、将来の話は山積みだが――とにかく、俺はもうフラクシアの旅人ではなくなったんだ。

 もうあの世界のことを気にする必要はない。それでも、俺はあの世界を忘れない。この世界でフラクシアのことを覚えてるのは一人だけで、忘れても覚えてても、きっと双方の世界にはもう何の影響もないのだろう。でも、双方の世界にこんな因果があると知った今、俺は彼らの希望や願いとか、とにかくそういうものを忘れずに、大切に覚えていきたいと思ったんだ。

 それが、ワタリビトとしての自分の使命だと、俺は思っている。

 ――もうそろそろ時間だ。荷物を持って、早く学校へ行こう。行く前にカレンダーを一瞥して、それから玄関へと向かう。今日は二〇二二年、七月八日。その日付を確認して、俺は『いつも通り』家を出た。
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