歴史の自由研究・Ⅱ

文字数 2,013文字

    

 ルッカは乱れた机上を整えて、ネリが図書室から借りて来た歴史書に手を伸ばす。
「いいよ、シュウがそこまで言うんならオッケ、協力してやるよ」
 彼は悪タレの外見と裏腹に、やる気さえ出せば出来る子。

「サンキュ」

 言いながらシュウは、メガネの奥でネリに目配せした。
 ネリはアイコンタクトだけでお礼を言う。自分の右隣に並ぶ二人の女子に、横目で見られているからだ。

「さすがシュウ君、考え方が違うわ」
「そうよね、イギガアルわよね、うんうん」
 この二人はシュウの熱烈なシンパ。
 意中の相手の隣でなく、アピール出来る向かいに陣取っているのも沼深い。

 学校で一、二を争う秀才で家柄が良く容姿も整っているシュウは、多くの良家女子からターゲットにされている。
 ネリは『初等の学校』からこの『中等の学校』へ上がって以来、何度も校舎裏で女子集団に囲まれては、「ただの幼馴染みだから!」と説明せねばならなかった。
 
 女の子たちの視線から逃れるように、ネリは自分の左隣の男の子の方に向いた。
「キオはどう? おお、もうそんなにまとめたの!」

 先程から黙って鉛筆を走らせていた黒髪の男の子はビクっと揺れた。ノートには几帳面な文字でビッシリ、歴史書の要点がまとめられている。
 俯いたまま「ウン……」と返事をする彼は、もっさりした前髪が目のほとんどを覆い、その下にソバカスと丸い鼻、他の二人の男の子と対照的に地味だ。

 女子二人は眉をひそめる。
 キオはいわゆるあぶれ組……「五、六人で班を作れ」などの雑な号令に常に取り残される子。
(シュウ君、何でいつもあの子を誘うのかしら。優しいのも程々にしておけばいいのに)ってのが、眉間のシワににじみ出ている。

 シュウは、キオのノートを少し見て、「うん、すごいね」とだけ言った。
 内心はあまり穏やかではない。
 幾つかの科目はどんなに頑張っても彼に勝てない、たまに総合一位も持って行かれる。
 だが本人が空気のように目立たず、教師すら不思議に、彼の優秀さをスルーする。
(おかしな奴。僕なんか嫌でも注目を浴びるから、常に人目を気にしていなきゃならないのに)

 それより何より、彼がネリの言葉にだけ受け答えをするのに、大いにモヤモヤしている。
 だから、



「腹減ったな、早くお昼になんないかなっ」

 実はこの班の危ういバランスは、ルッカの能天気に支えられていたりする。


   ***


「フィールドワーク!? かったるっ」

 放課後の廊下。
 また拗ねた声を上げるルッカ。

「だから来たい人だけでいいって言っているでしょ」
 ピシリと反論するネリ。

 二人の言い合いが始まる前に、
「うん、無理する事はない、休みの日を潰すんだから。皆も強制じゃないからね」
 やんわりと仕切るシュウ。 

 班研究の期間は二週間だが、大概の班は放課後ちょっと残って、教科書に毛のはえた程度の内容を大きな紙に書いて発表するだけ。
 でもネリは、休みの日に取材に行くとか言い出すのだ。

 実は、『蒼の妖精民族の村』その物が、バスで日帰り出来る距離にある。過去と違って今は目立たずこもっているので、興味を持たないと気にも止められない土地。

「シュウ君はどうするの?」
 女子二人組、彼女らの動向は決まっている。

「僕は行くよ、学校のフィールドワークって名目でもなけりゃ、蒼の妖精民族の村を訪ねる機会なんてないもの」

「じゃあ私たちも行く」

「あ、じゃ、俺も」
 ルッカはゲンキンに手を挙げた。
 女子は大量のお菓子を持って来る生き物だからだ。

 ネリは黙っている。
 行きたい人だけでって気持ちは割と本気だ。班員に声を掛けない訳には行かないから、取りあえず言ってみただけだったが……

 そんなネリを横目で見て、シュウは首を伸ばして振り返った。
「キオは来るかい?」
 最後尾を歩いていたソバカスの少年は、俯いたままビクッと肩を震わせた。
 まぁキオは、家の手伝いがあるなどと言って、こういう誘いに乗ったためしがない。

「あ、キオは最初から来る事に決まっているの」
 返事をしない少年の代わりに、ネリが答えた。

「うほっ、ネリ、術で脅しでも掛けた?」
 ルッカがおどける。

「する訳ないでしょ。キオのおうちの仕事が、蒼の妖精民族の村と取引があるのよ。だから今回はキオが、先方に繋ぎを取ってくれているの」

「へえ」
 ルッカは単純に納得した。
 そういえばキオんちは街外れで牧場をやっていて、畜産品なんかを卸している。

「…………」
 女子二人はまた眉を潜める。(え、この子の世話になるの? いやだあ)って感情があらわ。 

「じゃ、全員参加だね、楽しみだ」
 シュウは明るく言ったが、少し上ずっていた。
 ネリからフィールドワークの相談は受けていたが、キオの事は今初めて聞いたのだ。いつの間に二人でそんな話をしていた?
 整った前髪が、一束だけハラリと乱れる。

(だいたい、何でいつもネリに代わりに喋らせるんだよ、あいつ)




 
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登場人物紹介

ネリ: ♀ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 香辛料屋の娘。

歴史と書物が大好き。高所恐怖症、運動神経は壊滅的。

先頭に立ちたくないのに、誰も前に出ない時、仕方なく引き受けてしまう貧乏くじタイプ。

シュウ: ♂ 草原の民、クリンゲルの街の中等学生。貴族系富豪の一人息子。

学業優秀、理論派。一族の束縛に反抗心はあるが、家を守る義務感は持っている。

常にリーダーにおさまり、本人もそれが自然だと思っている。

ルッカ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生 シュウとは幼児からの親友。

蹴球(サッカー)小僧。大人にも子供にも好かれるコミュ力おばけ。

皆の接着剤的役割、そしてそれを自覚している。

キオ: ♂ 草原の民 クリンゲルの街の中等学生。町外れの牧場の子。

地味で無口。学校では空気のような存在。

一見気遣いタイプだが、己の信念はぜったいに曲げない。

チト: ?? 蒼の妖精 修練所の学生 ネリたちと同い年。

長様の執務室で小間遣いのバイト中。長さま大好き。

容姿が可愛い自覚あり。己の利点を最大限に生かして、賢く生きたいと思っている。

セレス・ペトゥル: ♂ 蒼の妖精 当代の蒼の長

長の血筋の家に生まれ、成るべくして蒼の長になった。実は一番面倒臭いヒト。 

ハールート: ♂ 草原の民 クリンゲルの街はずれの牧場主、キオの父親。

過去を洗うと埃と灰汁がバンバン出て来る闇歴史の持ち主。義理堅くはある。

キトロス博士: ♀ 三章『カラコーの遺跡にて』に登場。

考古学者。豪快で大雑把な現実主義者。

マミヤ: ♀ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の助手。この世のすべての基準がキトロス博士。


ツェルト族長: ♂ 『カラコーの遺跡にて』に登場。

キトロス博士の幼馴染。神経質でロマンチストな医者。

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