第17話

文字数 3,236文字

   ☆


「Oh……」
 ダウンジャケットを着てベースボールキャップを目深にかぶった、チョコレート色をした肌の男が、声を漏らした。
 境内の裏、その黒人の男はヒップホップ調に身体をくゆらせている。どう見てもラッパーだ。黒人ラッパー。神社に似つかわしくない、アメリカンな出で立ち。
黒人ラッパーは肩にラジカセを背負っている。ラジカセはスポーツバックほどの大きさのある、角張った、発売から間もない頃のもの。ある意味ラッパーの象徴のような代物だが、それを神社の裏で背負っていると、異様な雰囲気を醸し出す。
そしてそのラジカセの両サイドについたスピーカー部分からは、女の子の声が聞こえる。
「ファームも、大好きっ! 絵も描けるし、みんないい人ばっかりだから。でも、芸能人じゃなくなったら、相手にされなくなっちゃうかも。……トラブルシューターのお仕事は私とバツ子の『情報』が、とても大切だから……」
 スピーカーから聞こえる声、それは日和の声だった。それは日和の精神世界から聞こえる心の声で、日和自体は境内の表側で『没入』しており、実際には口を開いて喋っているわけでもないし、もし喋っていたとしても、このスピーカーから聞こえるのはおかしい。
「神はいつもキミを見ているヨ」
 ラジカセにそう喋りかけるラッパー。日本語のアクセントがどこかヘンである。
「見てるだけじゃイヤ! 私を助けて欲しいのっ! エンジェル様! 私を助けてください!!」
 スピーカーからの音が割れる。大声、というコトなのだろう。ラッパーは優しく、日和の声に応じる。
「おれが助けても、それは日和の力じゃないんダ、きっと後悔するコトになるヨ」
 と、ラッパーがそこまで言うと、ラッパーの背後から「ぷぷぷ、『ミーが助けても、それは日和の力じゃないんダ、きっと後悔するコトになるヨ』ぱせか、うひゃひゃひゃひゃ!」という笑いと、「聖守護天使エイワスにでもなったつもりですか、ジャクソン! ぎゃははっ」という笑いが重なって境内裏手にこだまする。声の主は、もちろんぱせりんとみっしーである。
 ラッパーはビクリとして飛び上がり、後ろを振り向く。そこには、ぱせりん、みっしー、理科、ちはる、モンゴメリ立花がいた。
「Oh……、みっしー」
 ラッパーは吐息とともに声を出す。「ここデなにをしてるんダ、みっしー。I'm lovin' it!」
 流し目のラッパーは他の全員を無視して、みっしーのコトだけを凝視する。みっしーはその仕草に「うわっ、キモっ!」と反射的に言う。
「お前なんて大嫌いです! 死ね」
「おいおい、本当ハおれに抱かれたいんダロ?」
「んなわけあるかぁボゲェッッッッッ!!」
 みっしーは高速で繰り出す水平チョップをラッパーにお見舞いする。
「フゴッフフ!」
 ラッパーは吹き飛び、砂埃をたてながら転がった。しかしラジカセだけは地面に落とさないよう、上手く転がるのだった。
「ワンオンチェキッ! 痛いヨ、この愛が……、痛い」
 倒れながらチョップを食らった首をさするラッパー。
 ラジカセから日和の声が聞こえる。
「どうしたの、エンジェル様?」
 ラッパーは何事もなかったかの口調でラジカセに言う。
「なんでもないヨ。さ、日和、現実に戻りなさい。また、今度」
「うん……、エンジェル様と今日も話せてよかった。また、遊びに来るね」
「ああ、約束だヨ」
「うん、約束っ!」
 そしてそこで日和の声は途絶えた。日和が『没入』から解除されたのである。
「ぱせぱせ。うちのファームのメンバー捕まえてたらし込むとは、どういうコトか説明するぱせよ、『黒人ラッパー天使』、エンジェル・ジャクソン!」
 言われたラッパー、エンジェル・ジャクソンは、
「Oh、ジーザス……」
 と言って頭を抱えた。

 ぱせりんはジャクソンが大切そうに抱えている旧式ラジカセをぺしりと平手で叩く。
「ふーん、これが『共感(エンパシー)ボックス』になってるぱせね」
 ぱせりんはニヤリと笑んで「共感ボックスがないと話をするコトも自分のアバターもつくれないし、話なんてまどろっこしいのはやめてこれ、壊しちゃおうぱせか」
 ジャクソンはビクリと震え、
「それだけは止めてくれヨ!」
 と抗議した。
 ぱせりんの顔が魔女らしく悪人のように蒼くかげる。
「私の千里眼には見えるぱせ。電脳世界内のアバターは真っ白。ジェフ・クーンズの彫刻作品『マイケル・ジャクソンとバブルス』みたいなものぱせね。あの作品は人種コンプレックスを持ってしまったポップスターの彫刻を、白い陶器でつくったネオ・ジオの代表的作品ぱせ。まあ、知らないだろうけど」
 そこまで言ってからぱせりんはなにか呪文を唱え、手にハンマーを出現させた。
「ちゃっちゃと破壊するぱせ」
 ハンマーを上に持ち上げ、振り落とそうとするその時、ジャクソンは「待ってくれヨ!」と懇願した。
「おれは日和の相談に乗ってあげてるんだヨ、どこも悪いコトはしてないんダヨ。日和もおれと話すのを望んでるんダヨ。頼む! 日和との関係を、断ち切らないでくれ!」
 ジャクソンはもう、泣き出しそうになっている。土下座までしだす。
「このロリコン! イエス・ロリータ、ノー・タッチぱせよ!」
 ぱせりんは意に介さない。まさに魔女そのものの顔で、速やかに破壊をしようとする。
 と、そこにモンゴメリ。ぱせりんの肩に手をかけて制す。
「まあまあ、ここの黒人さんもなにか事情がアルだろうアルから、話を聞いてあげようじゃないアルか」
 ぱせりんは深呼吸して「まあ、立花がそう言うなら」と、落ち着きを取り戻す。
「まあ、関係を断ち切るのはそこの三流死神の仕事で、私の仕事じゃないぱせ。領分をわきまえようぱせ。命拾いしたぱせね。さ、説明をするぱせ。あんたのターンぱせよ、ジャクソン」
 それを見てみっしーは、「あー、魔女に天使、こんな人外の奴らに取り囲まれるとは、死神の私でも憂鬱です。ホント、厄日です」と、ため息を吐いた。
 そもそも天使なんて存在は神の『自動生成プログラム』でつくられたもので、正確には自我なんて存在しない、だからこいつの言に惑わされるのは愚の骨頂なのです、とみっしーは頭の中で呟く。自我ではなく、こいつら天使の言動はプログラミング通り反応して動くだけの、オンラインゲームでいうところの『NPC(ノンプレイヤーキャラ)』のそれなのです。全く、こんな共感ボックスなんぞ、破壊してやればいいのです。クソ魔女はそれを知ってるのになにをやっているのです。ツイッターでBOT(ボット)にいちいち反応してるようなものですよ?
 みっしーはイライラするが、ぱせりんは土下座するジャクソンの前で仁王立ち、これからジャクソンの弁明を聞く段になっていた。
「日和ちゃんはかわいそうな子なんだヨ。けなげで可愛い子なんダ」
 ジャクソンは未だ土下座の格好のままだ。天使が魔女に頭を下げる図。ジャクソンのその言葉も説明なんかではなく、泣き言のようになってしまっている。ぱせりんは勝ち誇りながら髪を掻き上げる。ジャクソンは続けた。
「おれは日和ちゃんをたぶらかすつもりはないんダ。日和ちゃんの力になってあげたいんダヨ」
 と、そんな話をジャクソンがしていると、ぱせりんのポケットの中のケータイが鳴る。ぱせりんが出ると、相手はバツ子だった。
「あー、着いたぱせか。わかったぱせ。私らもそっちに行くぱせ」
 ぱせりんはまた、魔女にふさわしい面構えになり、「ほらジャクソン、これからアンタが大好きな日和ちゃんとご面会ぱせよ」
 と言った。「しかしアンタはみっしーが好きなのか日和が好きなのかはっきりするぱせ。二兎を追う者は一兎をも得ずぱせ。可愛いうさぎちゃんは一匹で十分ぱせ。まあ、日和に手を出したらタダじゃ置かないぱせが」
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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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